そこにおいでなされたが……はてな、どこへゆかれた」
三
さっき、到着のあいさつに、おもだった門弟のひとりを、妻恋坂の司馬道場へ駈けぬけさせてやったのだが。
いまその者が、馳《は》せ戻ってのはなしによると……。
会わぬ、という。
しかるべき重役が出て、鄭重《ていちょう》な応対のあるべきところを、てんで取次ぎもせぬという。
けんもほろろに、追いかえされた――という復命。意外とも、言語道断とも、いいようがない。
約束が違う。聞いた玄心斎は、一|徹《てつ》ものだけに、火のように怒って、こうしてしきりに、主君源三郎のすがたを求めているのだが、肝腎《かんじん》の伊賀のあばれン坊、どこにもいない。
広いといっても知れた本陣の奥、弟子たちも、手分けしてさがした。
と……玄心斎が、蔵の扉《と》まえにつづくあんどん部屋の前を通りかかると、室内《なか》から、男とおんなの低い話し声がする。
水のような、なんの情熱もない若い男の声――源三郎だ!
玄心斎の顔に、苦笑がのぼった。
「また、かようなところへ、小女郎《こめろう》をつれこまれて――困ったものだ」
とあたまの中で呟き
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