気に入りの門弟をしたがえて、出かけてきたわけ。
 さきにおめでたが待っているから、陽気な旅だ。その旅も、今夜でおしまいだというので、腕の立つわかい連中の大一座、ガヤガヤワイワイと、伊賀の山猿の吐く酒気で、室内は、むっと蒸《む》れている。
 供頭役《ともがしらやく》安積玄心斎の大声も、一度や二度ではとおらない。
 牡丹餅大《ぼたもちだい》の紋《もん》をつけたのが、
「こらっ、婢《おんな》っ! 北廓《ほっかく》はいずれであるか、これからまいるぞ。案内をいたせっ。ははははは、愉快愉快」
 とろんとした眼で見据えられて、酌《しゃく》に出ている女中は、逃げだしたい気もち。
 面ずれ、大たぶさ、猪首《いくび》に胸毛――細引きのような白い羽織の紐が、詩を吟ずる。
 玄心斎は、とうとう呶声《どせい》をあげて、
「しずかにせいっ! わしがこうして、お部屋のそとから声をかけておるのに、貴様たちはなんだ。酒を飲むなら、崩れずに飲めっ!――若! や! 源三郎さまは、こちらにおいでではないのか」
 師範代の玄心斎なので、一同は、ピタリッと鳴りをしずめて、キョロキョロあたりを見まわし、
「オヤ! 若先生は、今まで
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