ねご》の住まいらしい。
 どんよりした初夏の午《ひる》さがり……ジッとしていると、たまらなく睡《ねむ》くなる陽気だ。
 お藤、真っ昼間から一ぱいやって、いまとろとろしたところらしく、吐く息が、ちと臭い。
 今のことばを、口のなかでいったつもりだったのが、声になって外へ出たとみえて、
「姐御、おめざめですかい。あんなやつはねえでしょう。相変わらず口がわるいね」
 といって、二|間《ま》ッきりの奥の間から、出てきたのは、しばらくここに厄介になって身をひそめている、鼓の与吉である。
 妻恋坂のお蓮様に頼まれ、東海道の三島まで出張って、あの柳生源三郎の一行に、荷かつぎ人足としてまぎれこみ、ああして品川の泊りで、うまく大名物こけ猿の茶壺を盗み出したこの与吉。いままでこのお藤姐御の家に鳴りをひそめて、ほとぼりをさましていたので。
 ゆうき木綿《もめん》の単衣《ひとえ》に、そろばん絞りの三尺を、腰の下に横ちょに結んで、こいつ、ちょいとした兄哥《あにい》振りなんです。
 見ると、どっかへ出かける気らしく、藍玉《あいだま》の手ぬぐいを泥棒かむりにして、手に、大事そうに抱えているのは、これが、あの、伊賀の
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