スイと横にそらしてしまうんです。
柳生流の奥ゆるしにある有名な銀杏返《いちょうがえ》しの一手。
銀杏返しといっても、意気筋なんじゃあない。ひどく不《ぶ》意気な剣術のほうで、秋、銀杏の大樹の下に立って、パラパラと落ちてくる金扇《きんせん》の葉を、肘ひとつでことごとく横に払って、一つも身に受けないという……。
尺取《しゃくと》り横町《よこちょう》
一
なんでも芸はそうで、ちょいと頭をだすまでには、なみたいていのことではございません。人の知らない苦労がある。それがわかるには、同じ段階と申しますか、そこまで来てみなければ、こればっかりは金輪際《こんりんざい》わかりっこないものだそうで、そうして、その苦労がわかってくると、なんだかんだと人のことをいえなくなってしまう。なんでも芸事は、そうしたものだと聞いております。
いま、仮りに。
この峰丹波が、あんまり剣術のほうの心得のない人だったら、オヤ! 植木屋のやつ、はずみで巧く避けやがったナ、ぐらいのことで、格別驚かなかったかも知れない。
が、なにしろ、峰丹波ともあろう人。
剣のことなら、他流《たりゅう》にまで
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