る。
父が死ねば、この広い庭に門弟全部があつまって、遺骸に別れを告げることになっているので、もはや助からないと見越して、庭の手入れに四、五日前から、一団の植木屋がはいっている。そのうちの一人なのだが、この若い男は、妙に萩乃に注意を払って、なにかと用をこしらえては、しじゅうこの部屋のまえを通りかかるので――。
秘伝《ひでん》銀杏返《いちょうがえ》し
一
どうしてこんな奥庭まで、まぎれこんできたのだろう……と、萩乃が、見向きもせずに、眉をひそめているうちに。
その若い植木屋は、かぶっていた手ぬぐいをとって、半纏《はんてん》の裾をはらいながら、かってに、その萩乃の部屋の縁側に腰かけて、
「エエ、お嬢さま。たばこの火を拝借いたしたいもので、へえ」
と、スポンと、煙草入れの筒をぬいた。
水あぶらの撥《ばち》さきが、ぱらっと散って、蒼味の走った面長な顔、職人にしては険《けん》のある、切れ長な眼――人もなげな微笑をふくんだ、美《い》いおとこである。
なんという面憎《つらにく》い……!
萩乃は、品位をととのえて振りむきざま、
「火うちなら、勝手へおまわり」
「
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