イヤ、これはどうも、仰せのとおりで」
 と、男は、ニヤリと笑いつつ煙管《きせる》をおさめて、
「じゃ、たばこはあきらめましょう。だがネ、お嬢さん、どうしてもあきらめられないものがあるとしたら、どうでございますね、かなえてくださいますかね」
 と、その鋭い眼じりに、吸いよせるような笑みをふくんで、ジロッと見据えられたときに、萩乃は、われにもなく、ふと胸がどきどきするのを覚えた。
 不知火流大御所のお嬢様と、植木屋の下職……としてでなく、ただの、男とおんなとして。
 なんてきれいなひとだろう、情《じょう》の深そうな――源三郎さまも、こんなお方ならいいけれど。
 などと、心に思った萩乃、じぶんと自分で、不覚にも、ポッと桜いろに染まった。
 でも、源三郎様は、この植木屋とは月とすっぽん、雪と墨《すみ》、くらべものにならない武骨な方に相違ない……。
 オオ、いやなこった! と萩乃は、想像の源三郎の面《おも》ざしと、この男の顔と、どっちも見まいとするように眼をつぶって、
「無礼な無駄口をたたくと、容赦しませぬぞ。ここは、お前たちのくるところではありませぬ。おさがり!」
「へへへへへ、なんかと、その
前へ 次へ
全542ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング