で、源三郎さまはきょうあすにも、江戸入りするはずになっているのだ――が、まだお着きにならない。どうなされたのであろう……。
といって、彼女は決して、源三郎を待っているわけではない。父がかってにきめた縁談で、一度も会ったことのない男を、どうして親しい気もちで待ちわびることができよう。
伊賀のあばれン坊としてのすばらしい剣腕は、伝え聞いている――きっと見るからに赤鬼のようなあの、うちの峰丹波のような大男で、馬が紋つきを着たような醜男《ぶおとこ》にきまっていると、萩乃は思った。
気性が荒々しいうえに、素行のうえでも、いろいろよからぬ評判を耳にしているので、萩乃は、源三郎がじぶんの夫として乗りこんでくることを思うと、ゾッとするのだった。
山猿が一匹、伊賀からやってくると思えばいい。自分はそのいけにえになるのか……と、萩乃が身ぶるいをしたとたん。
「おひとりで、辛気《しんき》くそうござんしょう、お嬢さま」
と、庭さきに声がした。
見ると、紺《え》の香のにおう法被《はっぴ》の腰に、棕梠縄《しゅろなわ》を帯にむすんで、それへ鋏《はさみ》をさした若いいなせ[#「いなせ」に傍点]な植木屋であ
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