病間にあてた書院である。やがてそこが、司馬先生の臨終の室となろうとしているのだった。
病人が光をいとうので、こうして真昼も雨戸をしめ切って、ほのかな灯りが、ちろちろと壁に這っているきりである。中央に、あつい褥《しとね》をしいて、長の大病にやつれた十|方不知火流《ぽうしらぬいりゅう》の剣祖、司馬先生が、わずかに虫の息を通わせて仰臥しているのだった。落ちくぼんだ眼のまわりに、青黒く隈《くま》どりが浮かんでいるのは、これが死相というのであろう。
本郷妻恋坂に、広い土地をとって、御殿といってもよい壮麗な屋敷であった。剣ひとつで今日の地位を築き、大名旗下を多く弟子にとって、この大きな富を積み、江戸の不知火流として全国にきこえているのが、この司馬先生なのだった。その権力、その富は、大名にも匹敵して、ひろく妻恋坂の付近は、一般の商家などすべて、この道場ひとつで衣食しているありさまであった。だから、妻恋坂の剣術大名という異名があるくらいだった。
故郷の筑紫にちなんで不知火流と唱え、孤剣をもって斯界《しかい》を征服した司馬先生も、老いの身の病《やまい》には勝てなかった。暗い影のなかに、いまはただ
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