、最後の呼吸を待つばかりであった。
まくらもとに控えている、茶筅《ちゃせん》あたまに十徳の老人は、医師であろう。詰めかけている人々も、ひっそりとして、一語も発する者もない。
空気は、こもっている、香と、熱のにおいで、重いのだった。
「お蓮《れん》――」
と、死に瀕《ひん》した老先生の口が、かすかにうごいた。
医者が、隣にすわっているお蓮さまに、ちょっと合図した。
「はい――」
泣きながら袂で眼をおさえて、お蓮さまは、病夫の口もとへ耳を持っていった。
このお蓮さまは、司馬老先生のお気に入りの腰元だったのが、二、三年前、後妻になおったのである。それにしても、先生のむすめといってもいい若さで、それに、なんという美しい女性であろう!
明りを受けたお蓮さまの顔は、真珠をあたためたようにかがやいて、眉の剃りあとの青いのも、絵筆で引いたように初々《ういうい》しいのだった。
「もう長いことはない」老先生は、喘《あえ》ぐように、
「まだ来んか。伊賀の――源三郎は、まだ江戸へ着かんか」
「はい。まだでございます。ほんとに、気が気でございません。どう遊ばしたのでございましょう」
お蓮さまは、
前へ
次へ
全542ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング