手で、その白羽の矢を押しいただいた。

       五

「ありがたきしあわせ……」
 主水正、平伏したきり、しばし頭をあげる気力もない。
「柳生か」
 はるかに、御簾《みす》の中から、八代公のお声、
「しからば、明年の日光造営奉行、伊賀藩に申しつけたぞ。名誉に心得ろ」
「ハハッ!」
 もう決まってしまったから、ほかの大名連中、一時に気が強くなって、
「いや、光栄あるお役にお当たりになるとは、おうらやましい限りじゃテ」
「拙者も、ちとあやかりたいもので」
「それがしなどは、先祖から今まで、一度も金魚が死に申さぬ。無念でござる。心中、お察しくだされい」
「わたくしの藩も、なんとかして日光さまのお役に立ちたいと念じながら、遺憾ながら、どうも金魚に嫌われどおしで――」
 うまいことを言っている。
 吉宗公、さっき一同が、あかるみの中で愚楽老人に突っかえされて、皆もぞもぞうしろに隠している菓子箱へ、ジロリ鋭い一瞥をくれて、
「失望するでない。またの折りもあることじゃ」
 一座は、ヒヤリと、肩をすぼめる。
「それにしても、だいぶ御馳走が出ておるのう」
 みんな妙な顔をして、だれもなんともいわな
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