い。
 指もはいらない熱湯なんだから、これじゃあ金魚だってたまらない。たちまちチリチリと白くあがって、金魚の白茹《しらゆで》ができてしまうわけ。
 この、金魚の死んだ不可思議《ふかしぎ》な現象こそは、東照宮さまの御神託で、その者に修営《なお》してもらいたい……という日光様のお望みなんだそうだが、インチキに使われる金魚こそ、いい災難。
「煮ても焼いても食えねえ、あいつは金魚みたいなやつだ、なんてえことをいうが、冗談じゃアねえ。上には上があらあ」
 と、断末魔の金魚が、苦笑しました。
 二十年目の日光大修理は、こうして、これと思う者の前へ熱湯の鉢を出しておいて、決めたのだった。
 子供だましのようだが、こんな機関《からくり》があろうとは知らないから、田丸主水正は、まっ蒼な顔――。ピタリ、鉢のまえに平伏していると、
「伊賀の名代《みょうだい》、おもてを上げい」
 前へ愚楽老人が来て、着座した。東照宮のおことばになぞらえて、敬称はいっさい用いない。
「はっ」
 と上げた顔へ、突きだされたのは、今まで吉宗公の御前に飾ってあった、お三宝の白羽の矢だ。
「ありがたくお受け召され」
 主水正、ふるえる
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