四

 シンとした大広間で、一座が、じっと見守っていると、愚楽老人の柄杓で手桶から、柳生対馬守の代理、江戸家老、田丸主水正のまえにおかれたギヤマン鉢へ、一ぴきすくい入れられた金魚が、こいつに限って、即座に色を変えて死んでしまったから、サア、御前をもかえりみず、一同、ガヤガヤという騒ぎ……。
「ヤ! 金魚が浮かんだ。金魚籤が、当たった!」
「来年の日光お手入れは柳生どのときまった!」
「伊賀の柳生は、二万三千石の小禄――これはチト重荷じゃのう」
 いならぶ裃《かみしも》の肩さきが、左右に触れ合って、野分のすすきのよう……ザワザワと揺れうごく。
 みんな助かったという顔つきで、ホッとした欣《よろこ》びは、おおいようもなく、その面色にみなぎっているので。
 なぜこの田丸主水正の鉢だけ、金魚が死んだか?
 ナアニ、こいつは死ぬわけだ。この鉢だけ、清水のかわりに、熱湯が入れてあるのだ。
 シンシンとたぎりたって、湯気もあげず、独楽《こま》のように静かに澄みきっている熱湯――しかも、膝さき三尺離して置くのだから、他《た》の一列の冷水の鉢と、まったくおなじに見えて、どうにも区別がつかな
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