ーッ! シッ! と警蹕《けいひつ》の声。
 吉宗公、御着座だ。

       三

「用意を」
 と吉宗、お傍《そば》小姓をかえりみた。
 お小姓の合図で、裾模様の御殿女中が、何人となく列をつくって、しずしずとあらわれ出た。濃いおしろい、前髪のしまった、髱《たぼ》の長く出た片はずし……玉虫いろのおちょぼ口で、めいめい手に手に、満々と水のはいった硝子の鉢を捧げている。
 それを、一同の前へ、膝から三尺ほどのところへ、一つずつ置いた。
 二十年めの日光御修理の役をきめるには、こうして将軍のまえで、ふしぎな籤《くじ》をひいたものである。
 さて、一同の前に一つずつ、水をたたえたギヤマンの鉢が配られると、裃《かみしも》すがたの愚楽老人が、ちょこちょこ出てきた。子供のようなからだに、しかつめらしいかみしもを着ているのだから、ふだんなら噴飯《ふきだ》すものがあるかも知れないがいまは、それどころではない。
 みな呼吸《いき》をつめて、愚楽を見つめている。
 老人、手に桶《おけ》をさげている。桶の中には、それはまた、なんと! 金魚がいっぱい詰まっていて、柄杓《ひしゃく》がそえてあるのだ。
 生きた金
前へ 次へ
全542ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング