つまり、この講談は、その前年からはじまっているのです。
来年の日光を誰に持って行こうかという、上様の御下問に対して、伊賀の柳生へ――と愚楽が答えたから、吉宗公におかせられては、ふしぎそうなお顔。
「対馬は剣術つかいじゃアねえか。人斬りはうまかろうが、金なぞあるめえ」
とおっしゃった。吉宗は相手が愚楽老人だと、上機嫌に、こんな伝法な口をきいたもんです。
「ところが、大あり、おおあり名古屋ですから、まあ、一度、申しつけてごらんなさい」
と老人、ちゃんちゃんこの袖をまくって――オット、ちゃんちゃんこに袖はない――将軍様の肩をトントン揉みながら、
「先祖がしこたま溜めこんで――いかがです、すこし強すぎますか」
「いやよい心地じゃ。先祖と申せば、お前、あの柳生一刀流の……」
「へえ。うんとこさ金を作って、まさかの用に、どっかに隠してあるんですよ」
「そうか。そいつは危険じゃ。すっかり吐き出させねばならぬ。よいこと探ったの」
「地獄耳でさあ。じゃあ、伊賀に――」
「うむ、よきにはからえ」
と、おっしゃった。これで、大名たちが桑原桑原とハラハラしている来年の日光おなおしが、いよいよ柳生対馬守
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