《ぼう》」で日本中にひびきわたった青年剣客が、供《とも》揃いいかめしく東海道を押してきて、あした江戸入りしようと、今夜この品川に泊まっているのだから、警戒の宿場役人ども、事なかれ主義でびくびくしているのも、むりはない。
「さわるまいぞえ手をだしゃ痛い、伊賀の暴れン坊と栗のいが」
唄にもきこえた柳生の御次男だ。さてこそ、何ごともなく夜が明けますようにと、品川ぜんたいがヒッソリしているわけ。たいへんなお客さまをおあずかりしたものだ。
その本陣の奥、燭台のひかりまばゆい一間の敷居に、いま、ぴたり手をついているのは、道中宰領《どうちゅうさいりょう》の柳生流師範代、安積玄心斎《あさかげんしんさい》、
「若! 若! 一大事|出来《しゅったい》――」
と、白髪《しらが》あたまを振って、しきりに室内《なか》へ言っている。
二
だが、なかなか声がとどかない。
宿《しゅく》は、このこわいお客さまにおそれをなして、息をころしているが、本陣の鶴岡《つるおか》、ことに、この奥の部屋部屋は、いやもう、割れっかえるような乱痴気《らんちき》さわぎなので。
なにしろ、名うての伊賀の国柳生道
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