ひがしはこの品川の本宿《ほんじゅく》と、西は、琵琶湖畔《びわこはん》の草津と、東海道の両端で、のぼり下りの荷を目方にかけて、きびしく調べたものだが、今夜は、それどころではないらしい。
ろくに見もせずに、どんどん通している。
大山《おおやま》もうでの講中が、逃げるようにとおりすぎて行ったあとは、まださほど夜ふけでもないのに、人通りはパッタリとだえて、なんとなく、つねとは違ったけしきだ。
それもそのはず。
八ツ山下の本陣、鶴岡市郎右衛門《つるおかいちろうえもん》方《かた》のおもてには、抱《だ》き榊《さかき》の定紋《じょうもん》うった高張《たかはり》提灯を立てつらね、玄関正面のところに槍をかけて、入口には番所ができ、その横手には、青竹の菱垣《ひしがき》を結いめぐらして、まんなかに、宿札が立っている。
逆目《さかめ》を避けた檜《ひのき》の一まい板に、筆ぶとの一行――「柳生源三郎様御宿《やぎゅうげんざぶろうさまおんやど》」とある。
江戸から百十三里、伊賀国柳生の里の城主、柳生対馬守《やぎゅうつしまのかみ》の弟で同姓《どうせい》源《げん》三|郎《ろう》。「伊賀《いが》の暴《あば》れン坊
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