きょう故先生の御出棺の日に、司馬道場、とんだ白鬼をよびこんでしまった――。

   忍《しの》びの柏手《かしわで》


       一

 子として、父の死を悼《いた》まぬものが、どこにあろう。
 殊《こと》に。
 おさなくして生母《はは》をうしなった萩乃にとって、なくなった司馬先生は、父でもあり、母でもあった。
 母のない娘《こ》は、いじらしさが増す。司馬先生としても、片親で両親を兼ねる気もちで、いつくしみ育ててきたのだけれど、あの素姓の知れないお蓮さまというものが腰元から後添に直ってからというものは、萩乃に対する先生の態度に、いくらかはさまったものができて、先生はそっとお蓮様のかげへまわって萩乃に慈愛をかたむけるというふうであった。
 萩乃を見る老父の眼には、始終|弁解《いいわけ》がましいものがひらめいて、彼女には、それがつらかった。
 表面、お蓮さまによって父娘《おやこ》のあいだに、へだたりができたように見えたけれど……。
 でも、それは、実は、父と娘の気もちの底を、いっそう固くつなぐに役立ったのだった。
 その父、今や亡《な》し矣《い》――かなしみの涙におぼれて、身も世もない
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