から声をかけるのも、対馬守は耳にはいらないようす。庭下駄で岩角を踏み試みては、上へ上へと登って行く。
いま言った高大之進をはじめ、駒井甚《こまいじん》三|郎《ろう》、喜田川頼母《きたがわたのも》、寺門一馬《てらかどかずま》、大垣《おおがき》七|郎右衛門《ろうえもん》など、側近の面々、おくれじとつづきながら、これはえらいことになった、この小藩に日光お出費《ものいり》とは、いったいどう切り抜けるつもりだろう……ことによると、お受けできぬ申し訳に殿は御切腹、主家はちりぢりバラバラになり、自分たちは失業するんじゃあるまいか――なんかと、このごろの人間じゃないから、すぐそんなけちなことは考えない。金のできない場合には、一藩ことごとく全国へ散って切り取り強盗でもしようか――まさかそんなこともできないが、と一同黒い無言。
出るのは溜息だけで、やがて対馬守を先頭に登ってきたのは、帝釈山の頂近く、天を摩《ま》す老杉の下に世捨て人の住まいとも見える風流な茶室です。
このごろの茶室は、ブルジョア趣味の贅沢なものになっているが、当時はほんとの侘《わ》びの境地で、草葺きの軒は傾き、文字どおりの竹の柱が、黒
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