この重荷ですから、破産したって、借金したって追っつかない。天から降った災難も同然で、殿をはじめ、一座|暗澹《あんたん》たる雲に閉ざされたのも、無理はありません。
 と言って、のがれる術《すべ》はない。死んだ金魚をうらんでもはじまらないし……と、しばし真っ蒼で瞑目《めいもく》していた柳生対馬守、
「山へまいる。したくをせい」
 ズイと起ちあがった。

       二

 山へ……という俄《にわか》の仰せ。
 だが、思案に余った対馬守、急に思い立って、これから憂さばらしに、日本アルプスへ登山しようというじゃアありません。
 お城のうしろ、庭つづきに、帝釈山《たいしゃくやま》という山がある。山といっても、丘のすこし高いくらいのもので、数百年をへた杉が、日光をさえぎって生い繁っている。背中のスウッとする冷たさが、むらさきの山気とともに流れて、羊腸《ようちょう》たる小みちを登るにつれて、城下町の屋根が眼の下に指呼される。
 どこかに泉があるのか、朽葉がしっとり水を含んでいて、蛇の肌のような、重い、滑かな苔です。
「殿! お危のうございます」
 お気に入りの近習、高大之進《こうだいのしん》があと
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