ったのです。
田丸という人には、ちょっと文藻《ぶんそう》があった。かれがこの道中の辛苦を書きとめた写本《しゃほん》、旅之衣波《たびのころもは》には、ちゃんとこう書いてあります。
御油《ごゆ》――名物は甘酒に、玉鮨《たまずし》ですな。
つぎは赤坂《あかさか》。名物、青小縄《あおこなわ》、網、銭差《ぜにさ》し、田舎《いなか》っくさいものばかり。
芭蕉の句に、夏の月|御油《ごゆ》より出でて赤坂《あかさか》や……だが、そんな風流気は、いまの主水正主従にはございません。
駕籠は、飛ぶ、飛ぶ……。
岡崎――本多中務大輔殿《ほんだなかつかさたいすけどの》御城下。八|丁味噌《ちょうみそ》[#「八|丁味噌《ちょうみそ》」は底本では「八丁味噌《ちょうみそ》」]の本場で、なかなか大きな街。
それから、なるみ絞りの鳴海《なるみ》。一里十二丁、三十一|文《もん》の駄賃でまっしぐらに宮《みや》へ――大洲観音《たいすかんのん》の真福寺《しんぷくじ》を、はるかに駕籠の中から拝みつつ。
宮《みや》から舟で津《つ》へ上がる。藤堂和泉守《とうどういずみのかみ》どの、三十二万九百五十|石《ごく》とは、ばかにき
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