《あさかげんしんさい》はじめ供の者一同、いまだにこけ猿の茶壺の行方は知れず、かつは敵の本城へ単身乗りこんで行った若き主君の身を案じて、思案投げ首でいました。

   旅《たび》の衣《ころも》は


       一

 吉田通れば二階から招く、しかも鹿の子の振り袖で……そんな暢気《のんき》なんじゃない。
 その吉田は。
 松平伊豆守《まつだいらいずのかみ》七万石の御城下、豊川稲荷《とよかわいなり》があって、盗難よけのお守りが出る。たいへんなにぎわい――。
 ギシと駕籠の底が地に鳴って、問屋場の前です。駕籠かきは、あれは自分から人間の外をもって任じていたもので、馬をきどっていた。
 馬になぞらえて、お尻のところへふんどしの結びを長くたらし、こいつが尾のつもり、尿《いばり》なんか走りながらしたものだそうで、お大名の先棒をかついでいて失礼があっても、すでに本人が馬の気でいるんだから、なんのおとがめもなかったという。
 冬の最中、裸体で駕籠をかついで、からだに雪が積もらないくらい精の強いのを自慢にした駕籠かき、いまは真夏だから、くりからもんもんからポッポと湯気をあげて……トンと問屋場のまえに駕
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