の斬っ尖ごしに、きっと大之進をみつめて無言。
大之進の一刀と、濡れ燕と、ふたつ斬っ尖のあいだがみるみるせばまって、チチチと二本の刃物のふれあうひびき……と! サッと二人は前後にわかれた。
相正眼――。
塀の上の見物人も、もう駄弁をろうするどころではない。
シーンと静まり返ったなかに、すぐそばを流れる三方子川の水音が淙々《そうそう》、また淙々《そうそう》……。
胴を打つ技《わざ》は、姿勢がくずれやすい。
むずかしい業《わざ》だ、胴《どう》は。
下腹の力をぬいてはならぬ。撃つ時には、十二分の力を剣にこめねばならぬ。背と腰を、竹のごとくまっすぐに伸ばしてうたねばならぬ。撃ったあとは、左の拳が腹の前方にあって、右腕と左腕とが交叉するように、手を返さねばならぬ。左手をひくこと、右面をうつ場合のごとし――。
高大之進、一気に左膳の胴をねらって、剣を大きく振りかぶり、ソロリ、ソロリと、右足から踏みだした。
左足が、きざむようにこれにともない、双《そう》の爪先で呼吸をはかりながら、にじりよる。
この瞬間。
逆胴《さかどう》!……左膳はそこにすきを見た。反対に、左足から踏みきった左膳、斜め右側へまわるがごとき気勢をしめしたが、ツと、
「行くぞっ!」
笑いをふくんだ気合いとともに、濡れ燕はまるで独立の生き物のように、長い銀鱗を陽にひらめかして、見事に大之進の左脇腹へ……!
が、大之進もさるもの。
のけぞって空《くう》を払わせた大之進、うしろ飛びのまま三方子川《さんぼうしがわ》[#ルビの「さんぼうしがわ」は底本では「さんぽうしがわ」]の川べりをさして、トットと数間、逃げのびたのだった。
「口ほどでもねえやつ!」
いらだった左膳が、相模大進坊《さがみだいしんぼう》を下段にかまえたまま、一足とびに追いにかかった時だった。ちょうどそこは焼け跡のはずれで、黒くもえのこった羽目板が五、六枚、地面に横たえてあるのだが、左膳の足がその板を踏むと同時に、メリメリッとすごい音がして板が割れるが早いか丹下左膳、濡れ燕をいだいたまま、深い竪穴《たてあな》の中へ、棒っきれのように落ちこんだのだった――おとし穴。
五
チョビ安をはじめ、当の相手の高大之進、尚兵館の伊賀侍、五十嵐鉄十郎ら司馬道場の伊賀勢、そのほか塀の上に顔を並べている弥次馬連中……白昼、これだけの人間の見ている前で、丹下左膳のからだがフッと消えたのだ。
さながら、地殻が割れてそこへのまれ去ったかのように……。
じっさい、そのとおりなのだ。
今にも追いうちに、濡れつばめが飛んでくるかと覚悟をきめていた高大之進は、ウンともスンとも言わずに左膳が、穴の中へおちこんでしまったのだから、ホッとすると同時に、あっけない感じ。
ヤヤッ! と、駈けよって穴のふちをのぞく。
伊賀の同勢も、ふしぎな思いでいっぱいだ。
「こんなところに穴が……」
「穴の上に、この焼け板が渡してあったのだナ」
「これは初めから罠《わな》としてたくらんだものでござろう」
口ぐちにわめきながら、穴のふちへ走りよって下をうかがうと。
ちょうど人ひとりはいれるくらいの穴が、まっすぐに地底へのびていて、何やらうすら寒い風が、スーッと吹きあげてくる。
一同は狐につままれたようである。
顔を見あわせるばかりで、言葉もなかった。
チョビ安は夢中だった。伊賀ざむらいをおしのけて、穴の縁《ふち》へ立ち現われたチョビ安、
「父上! 父上! かような卑怯なめにおあいなされて……」
穴のふちは、土がやわらかい。勢いこんだチョビ安の足に、土がくずれて、ド、ドウとこもった音とともに、土塊《つちくれ》が穴のなかへ落ちこんでいく。
それとともに、チョビ安のからだも穴の底へめいりそうになるのを、五十嵐鉄十郎がグッとひきあげて、
「おい小僧ッ、あぶないっ! あっちへ行っておれ」
「何いってやんで! ヤイ! 父《ちゃん》をこんなめにあわせたのは、手前ッチだろう。剣術じゃアかなわねえもんだから――父《ちゃん》をけえせ! おいらの父《ちゃん》をけえせっ!」
チョビ安、泣きながら、小さな拳をふるって、鉄十郎をはじめそばの伊賀者へ、トントンうちかかる。
「これはちかごろ迷惑な!」
鉄十郎は苦笑、
「かかる場処にこんなおとし穴がしつらえてあろうとは、われらもすこしも知らなんだ。これ、小僧、おちつけ。これは峰丹波一味のしわざで……」
塀の上の見物も、承知しない。
「手前《てめえ》ら四、五十人もいて、腕は百本もあるだろう。それが一本腕にかなわねえで、穴へおとしこむたアなんでえ」
ガヤガヤののしりあう人声……それを左膳は、竪坑の底でかすかに聞いていた。
はじめ、足をかけた焼《や》け板《いた》が下へしの[#「しの」に傍点]
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