に傍点]猿を手に入れねばならぬ」
「いや、その儀なれば、御家老のお言葉を待つまでもなく……」
 喜田川頼母《きたがわたのも》が、腕をボリボリかきながら言いだすのを、主水正は叱咤《しった》して、
「おのおの方は、いったい何しに江戸表へこられたのじゃっ! 大宝を埋めある場処をしめした秘密の地図、その地図を封じこめたこけ[#「こけ」に傍点]猿の茶壺、その壺を奪還せんがためではござらぬかっ。しかるに、毎日、三々五々、隊を組んで市中見物を――」
「あいや! いかに御家老でも、その一|言《ごん》は聞きすてになりませぬ」
 起ちあがったのは、憤慨家の井上近江《いのうえおうみ》だ。
「われわれ一統の苦心も買われずに、何を言われるかっ!」
 轟々《ごうごう》たる声が、四方から起こって、
「相手の正体がはっきりわかってこそ、吾人の強味が発揮される。古びた壺一個、この八百八町に消えてしまったものを、いかにして探しだせばよいか、拙者らはその方策に困《こう》じはてておる始末」
「のみならず、寸分たがわぬ壺が、あちこちにいくつとなく現われておるし……」
「これと思って手に入れてみれば、みな偽物」
「御家老も、そのにせ猿を一つ作られたというではないか、ハッハッハ」
「田丸様、こんな厄介なこととは、夢にも思いませんでした」
「毎日毎日あてどもなく、江戸の風にふかれて歩くだけで、どこをどう手繰《たぐ》っていけばよいやら……」
 ワイワイというのを、高大之進は、
「弱音をはくなっ!」
 と、一言に制して、
「とは言いますものの、田丸先生、拙者も、一同とともに泣きごとを並べたいくらいじゃ。かようなややこしい仕事は、またとなかろうと存ずる」
 主水正は声をはげまし、
「さようなことを申しておっては、はてしがない。君公のおためじゃ。藩のためじゃ。日限をきり申そう。むこう一ト月の間に、是が非でも、こけ猿を入手していただきたい」
「ナニ、むこう一ト月のあいだに?」
 そう、大之進がききかえしたとたん、主水正をおしのけるようにして、道場の入口から駈けこんできた二人の人影……安積玄心斎《あさかげんしんさい》と谷大八《たにだいはち》が、あわてふためいた声をあわせて、
「若君源三郎様は、コ、こちらにまいっておいでではないか」

       三

 玄心斎の茶筅《ちゃせん》髪はくずれ、たっつけ袴は、水と煙によごれたところは、火事場からのがれてきた人と見える。
 この二人は、本郷の司馬家に押しかけ婿として、がんばっているはずの伊賀の暴れん坊にくっついて、この不知火道場に根拠をさだめ、別手にこけ猿をさがしてきたのだが……。
 その、師範代玄心斎と大八が、深夜このただならぬ姿で、どうしてここへ?
 と、口ぐちにきく一同の問いに答えて、
 源三郎が急に思いたって、向島《むこうじま》から葛飾《かつしか》のほうへと遠乗りにでかけ、門之丞の案内で、不安ながらもお蓮様の門をたたくと、思いがけなくお蓮さま、峰丹波の一党が、数日前からそこにきていた――。
 殿にも膳部がはこばれ、自分達も別室で、夕食の馳走になっている時、となりの部屋からヒソヒソ声でもれてくる奸計のうちあわせに驚いて、この二人と門之丞が戸外《そと》の藪《やぶ》かげで乱闘の開始を待っているうちに、
 月のみ冴えて、源三郎にたいする襲撃は、なかなかはじまらない。
 ふと気がつくと、いっしょにいた門之丞の姿がないが、今にもここへ源三郎をおびきだして、峰丹波らが、討ちとろうとしていると信じこんでいる二人は、そんなことなどにかまってはいられない。
「早鳴る胸をしずめ、夜露にうたれて、ひと晩中その木《こ》かげにひそんでおったが……」
 玄心斎の言葉を、谷大八がうけとって、
「何事もない。まるで、狐につままれたようなものじゃ。で、安積の御老人をうながして、いま一度寮へ立ち帰ろうとすると!」
 その時、寮のどこかに起こった怪火は、折りから暁の風になぶられて、みるみるうちに、数奇《すき》をこらした建物をひとなめ……。
「われら二人ではいかに立ち働いたとて、火の消しようもなく……」
「シテ、峰丹波の一党は?」
「それがふしぎなことには、火事になっても、どこにもおらんのじゃ。まるで空家が燃えたようなもの」
「それで、源三郎様は?」
 この問いに、二人はぐっと声がつまり、うちうなだれて、
「火がしずまってから、御寝《ぎょしん》なされたお茶室と思われるあたりに、壺をいだいた一つの黒焦げの死体が、現われましたが」
「ナ、何! 若殿が御焼死?」
 一同はワラワラと起ちあがって寝るまもぬがぬ稽古着の上から、手早く黒木綿の着物羽織に、袴をはき、それぞれ両刀をたばさんで、イヤモウ戦場のような騒ぎ。
「御師範代をはじめ、三人も手ききがそろっておられて、なんということを……
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