。
「ワッ! 畳奉行が当家へ落ちた。いや、これはありがたい」
「ほんとうですか。イヤ、なんという名誉なことじゃ」
「光栄じゃ」
名誉だ、光栄だと、口では言いながら、みんな青菜に塩としおれかえって、ベソをかいている。
尚兵館《しょうへいかん》
一
「なんじゃい、このざまはっ!」
奥庭の離室《はなれ》から、この、剣士の一隊の寝泊りしている屋敷内の道場、尚兵館《しょうへいかん》へやってきて、真夜中ながら、こう大声にどなったのは、田丸主水正だ。
「まるで、魚河岸《うおがし》にまぐろが着いたようじゃないか」
主君柳生対馬守の御筆になる、「尚兵館」の三字の額が、正面の一段小高い座に、かかっている。
広い道場の板の間に、薄縁《うすべり》を敷きつめ、いちめんに蒲団を並べて寝ているのは、こけ猿の茶壺を奪還すべく、はるばる故郷柳生の郷から上京してきた高大之進の一隊、大垣《おおがき》七|郎右衛門《ろうえもん》、寺門一馬《てらかどかずま》、喜田川頼母《きたがわたのも》、駒井甚《こまいじん》三|郎《ろう》、井上近江《いのうえおうみ》、清水粂之介《しみずくめのすけ》、ほか二十三名の一団――だったのが、左膳を相手のたびたびの乱刃に、二人、三人命をおとして、今は約二十人の侍が、こうしてこの林念寺前の柳生の上屋敷内、尚兵館という道場に寝泊りして、相変わらず、日夜壺の行方をさがしているのです。
今は真夜中……昼間の捜索につかれた一同は、蒲団をひッかぶって寝こんでいる。
いや、もう、南瓜《かぼちゃ》をころがしたよう。
ひとの蒲団へ片足つっこんだり、となりの人の腹を枕にしたり、時計の針のようにぐるぐるまわって、ちょうどひと晩でもとの枕に頭がかえる……ナンテのはまだいいほうで。
なかには。
道場のこっちはしに寝たはずのが、夜っぴて旅行をして、朝向う側で眼をさます。などという念のいったのもある。
血気さかんの連中が、合宿しているのだから、その寝相のわるいことといったらお話になりません。
重爆撃機の編隊が押しよせてきたような、いびきの嵐です。
歯ぎしりをかむもの、何やら大声に寝ごとをいう者。
発願奇特帳《ほつがんきとくちょう》の総決算を終わった田丸主水正《たまるもんどのしょう》は、こけ猿のことを思うと、いても立ってもいられなかった。
朝になるのを待てずに。
今。
庭つづきのこの尚兵館へ現われて、ああ呶号《どごう》したのだったが、誰一人起きる気配もないので。
主水正は、また一段と声を高め、
「おのおの方ッ、こけ猿の所在《ありか》がわかり申したぞっ!」
武士は轡《くつわ》の音で眼をさますというが、伊賀侍は、こけ猿というひとことで、みないっせいにガバッと起きあがった。
「こけ猿が? どこに? どこに?――」
「われわれがこんなに血眼で捜索しても、とんと行方の知れぬこけ猿が、ど、どうしてこの真夜中――?」
はるか向うの一段高いところに、静かに床をはねてすわりなおしたのはこの一団の長、高大之進です。柳生一刀流の使い手では、一に藩主対馬守、二に伊賀の暴れん坊こと源三郎、三、安積玄心斎、四に高大之進といわれた、その人であります。
「身支度せい」
と、ことばすくなに部下へ言っておいて、主水正へ、
「シテ、壺はいずこに?――」
薬がききすぎたので、主水正はあわてて、
「いや、その所在がわかったわけではないが、いよいよ一刻も早く、わからんと困ることにあいなったのじゃ。諸君も御承知のとおり、日光造営の日は、時の刻みとともに近づく一方……のみならず、このこけ猿の件は、諸藩のあいだに知らぬ者もなきほど……」
二
「諸藩の間に、誰知らぬ者もなきほど有名になっている。で、先般来、造営奉行の下役なるお畳奉行と、お作事目付にありつきたいと言って――」
田丸主水正、道場のはしに立って、寝間着の一群へ向かって演説をはじめた。
皆ゴソゴソ起きあがって、ねぼけた顔をならべている。
「ヘン、日光組下にありつきたいんじゃアなく、なんとでもしてのがれたいの一心でござろう」
誰かが弥次を飛ばした。
「ウム、言ってみれば、マア、そのとおり……で、各大名の使いが数日来、当屋敷につめかけたことは、諸君も知ってであろう。そいつらが、異口同音にこけ[#「こけ」に傍点]猿のことをきくので、拙者もつらくなってな。そこで一策を案じ、こけ[#「こけ」に傍点]猿によく似た駄壺をさがしだして、耳を一つ欠き、にせ猿の茶壺ということにして飾っておいたのじゃ。この計略は図にあたり、みなもうこけ[#「こけ」に傍点]猿は、当藩の手にもどったものと思って、喜びをのべて行ったが、わしの心苦しさはます一方じゃ。もはやいかなる手段をつくしても、まことのこけ[#「こけ」
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