ち、
「サ、ではやってしまおうか」
「は。それではこれで、いよいよ締め切りに……エエ石川左近将監《いしかわさこんしょうげん》どのより、四つ。ほかに、長船《おさふね》の刀一|口《ふり》。一石飛騨守様《いっこくひだのかみさま》より五つ半、および絹地《きぬじ》五反。堀口但馬《ほりぐちたじま》さまより――」
一、堀口但馬守様《ほりぐちたじまのかみさま》――七つ。
一、井上大膳亮殿《いのうえだいぜんのすけどの》――四つ。ならびに扇子箱《せんすばこ》。
一、山脇播磨守《やまわきはりまのかみ》どの――三つ半。砂糖菓子《さとうがし》。
一、宇都木図書頭《うつぎずしょのかみ》さま――六つ。
一、岡本能登守様《おかもとのとのかみさま》――八つ。
 なんて調子に、記入方がひかえていく。その、横綴じの長い帳面の表には「発願奇特帳《ほつがんきとくちょう》」とある。みんな日光に一役持ちたいと、口だけは奇特な発願をたてて、表面どこまでも、そのための献金なんですから。
「ホホウ、八つというのが出たナ。はじめてだな」
 主水正は、うれしそうです。
「いえ、四、五日前にきた赤穂の森越中様《もりえっちゅうさま》のが、やはり八つでした」
「じっさい、三つや四つで日光下役を逃げようてエのは、虫がよすぎるからなア」
 と、主水正、だんだん下卑《げび》たことを言いだす。
「しかし、これだけ賄賂《まいない》があつまれば、当藩はだいぶ助かる。では、一番けち[#「けち」に傍点]な別所信濃《べっしょしなの》へ、畳奉行をおとしてやるとしようか」

       九

 発願奇特帳《ほつがんきとくちょう》……皮肉な名前の帳面が、あったもんです。
 先方が願を立てて、奇特な申し出をしてくる。そのなかで、もっとも進物のたかのすくないやつに、ねがいどおり望みをかなえてやる――。
「ところで、お作事目付は、誰にもっていったものかな」
 と、主水正、その発願奇特帳《ほつがんきとくちょう》をペラペラとめくりながら、
「サテと、藤田監物《ふじたけんもつ》の三つかな」
 そろばんが、そばから口をだして、
「山脇播磨様《やまわきはりまさま》も三つ――」
「いや、そうじゃない」
 帳面が、訂正した。
「播磨守殿は、三つ半じゃ」
「三つ半なら、秋元淡路守様《あきもとあわじのかみさま》も三つ半」
「ウム、ここに大滝壱岐守《おおたきいきのかみ》、三つというのがある」
「サアテ、藤田監物殿《ふじたけんもつどの》の三つと、壱岐守様《いきのかみさま》の三つと、どちらをお取りになりますかな?」
 主水正は、またしばらく黙って、はじめからおしまいまで、もう一度|発願奇特帳《ほつがんきとくちょう》をていねいにめくってみた。やがて、とっぴょうしもない大声をあげて、
「ヤア! 何も迷うことはない。ここに、二つと四分の一という、いやにこまかいやつがあるぞ」
「誰です、四分の一などと、変てこなものをくっつけたのは」
「小笠原左衛門佐《おがさわらさえもんのすけ》どのじゃ」
「ア、あの横紙破りの――」
 と、言うと三人は、声をあわせてどっと笑いくずれたが、主水正はすぐ真顔にかえり、
「では、これできまった。小笠原左衛門佐殿に、お作事目付《さくじめつけ》を押しつけてやるのじゃ」
 あれほど大騒ぎをした日光御造営奉行組下の二役も、ここにやっと決定を見ましたので、主水正は、記入係に命じて、いそぎ二通の書状をつくらせた。その一つには、
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「お望みにより名誉あるお畳奉行の御役、貴殿におねがいつかまつり候《そうろう》
  別所信濃守殿《べっしょしなののかみどの》」
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 そして、もう一つの手紙には、
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「せつなるみ願いにより、日光お作事目付、貴殿にお頼み申しあげ候《そうろう》。何分、子々孫々《ししそんそん》にいたるまで光栄のお役《やく》ゆえ、大過《たいか》なきよう相勤めらるべく候《そうろう》
  小笠原左衛門佐殿《おがさわらさえもんのすけどの》」
[#ここで字下げ終わり]
 それぞれ、二通を状箱にふうじて納めた主水正《もんどのしょう》は、即刻、儀作《ぎさく》ともう一人の若党をよんで、同時に別所、小笠原の二家へ、とどけさせることになった。二つの提灯が、この林念寺前柳生の門から飛びだして、左右《さゆう》へすたこら消えて行く。
 各大名の家では、今夜は夜明かしで、柳生の締め切りの結果を待っています。自分のところでは、あれだけもっていったのだから、まずどっちものがれることができるだろうと、どこでもそう思っていると、小石川第六天の別所信濃守《べっしょしなののかみ》の門を、柳生家の提灯が一つ、飛びこんできた。と思うと、さしだされた状箱を奥の一間で、重役らがひたいをあつめて、心配げに開いてみる
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