ぽを向いて、
「何を言わるる。口はちょうほうなものだテ。祈願は祈願でも、なかみが違っておったでござろう。どうぞ、どうぞ日光があたりませぬように、とナ」
この言葉を消そうと、竹田なにがしは大声に、
「主人将監は、将軍家平素の御鴻恩《ごこうおん》に報ゆるはこの秋《とき》、なんとかして日光御下命の栄典に浴したいものじゃと、日夜神仏に祈願、ほんとでござる、水垢離《みずごり》までとってねがっておりましたにかかわらず、あわれいつぞやの殿中|金魚籤《きんぎょくじ》の結果は、ああ天なるかな、命《めい》なるかな、天道ついに主人将監を見すてまして、光栄の女神はとうとう貴柳生藩の上に微笑むこととあいなり……」
「コ、これ、竹田氏とやら、よいかげんにねがいたい。あまり調子に乗らんように」
「その時の主人将監の失望、落胆、アア、この世には、神も仏もないかと申しまして、はい、三日ほど床につきましてござります」
「厄落《やくおと》し祝賀会の宿酔《ふつかよ》いでござったろう」
「文武の神に見放されたかと、その節の主人の悲嘆は、はたの見る眼もあわれで、そばにつかえる拙者どもまで、なぐさめようもなく、いかい難儀をつかまつりました」
「どれもこれも、みな印刷したような同じ文句を言ってくる。そんなにうらやましいなら、光栄ある日光造営奉行のお役、残念ではあるがお譲り申してもさしつかえない、ははははは」
「イヤ、とんでもない! せっかくおあたりになった名誉のお役、どうぞおかまいなくお運びくださるよう――さて、今日拙者が参堂いたしましたる用と申しまするは……」
「いや、それもズンと承知。造営奉行の籤《くじ》がはずれて、はなはだ残念だから、ついては、その組下のお畳奉行、もしくはお作事目付の役をふりあててもらいたい、と、かように仰せらるるのであろうがな」
「は。よく御存じで――おっしゃるとおり、二十年目の好機会を前にして、この日光御修理になんの力もいたすことができんとは、あまりに遺憾、せめてはお畳奉行かお作事目付にありつきたく、こんにちそのお願いにあがりましたる次第」
言いながら竹田は、定紋つきの風呂敷につつんだ細長いものを、主水正の前へ置きなおして、
「石川家伝来、長船《おさふね》の名刀一|口《ふり》、ほんの名刺代り。つつがなく日光御用おはたしにあいなるようにと、主人将監の微意にござりまする。お国おもての対馬守御前へ、よろしく御披露のほどを……」
あらためて、平伏した。
四
田丸主水正《たまるもんどのしょう》は、ひややかな顔で、
「はあ、刀一本。で、それだけですか」
ろこつなことを訊く。
「悪魔払いの名刀。それに添えまして……イヤ、どうぞあとでおひらきになって、ごらんください。ついてはただいまおねがい申しあげたお畳奉行か、ないしはお作事目付の件、なにとぞ当藩にお命じくださいますよう、せつに、せつに、なにとぞお命じくださいますよう……」
なにとぞお命じくださいますよう――と、いやにここへ力を入れて、何度もくりかえした。
くすぐったそうな顔を、主水正はツルリとなでて、
「では、日光に何か一役お持ちになりたいとおっしゃるので。それはそれは、ちかごろ御奇特《ごきとく》なことで」
「はっ。おそれいります。お口ききをもちまして、何分ともに、日光さまに御奉公がかないますよう……」
そう言いながら、竹田はそっと顔をあげて、すばやく片眼をつぶった。
丹下左膳の片眼じゃアない。こいつはウインクです。
ウインクは、なにも、クララ・ボウあたりからつたわって、銀座の舗道でだけやるものと限ったわけじゃアない。
享保《きょうほう》の昔からあったとは、どうもおどろいたもので――この石川左近将監の家来《けらい》竹田某は、日本におけるウインクの元祖だ。
そのウインクを受けた田丸主水正、なにしろわが国ではじめてのウインクですから、ちょっとまごまご、眼をぱちくりさせてしばらく考えていたが、やがてその意をくんだものか、これもさっそく、キュッとウインクを返した。
「心得ました。必ずともに日光お役の一つを、石川殿に受け持っていただくよう、骨をおるでござろう。しかしそれも、この包みのなかみ次第でナ」
と、ニヤニヤしている。
もうすっかり、話の裏が通じたとみてとって、竹田はホット安心の体《てい》、
「いや、この品は、ほんの敬意を表するというだけの意味で」
彼はそう言って、その贈り物をもう一度、主水正のほうへ押しやった。
敬意を表する……便利な言葉があったものです。百円札の束をぐるぐると新聞紙にくるんだり、思い出してもゾッとするような五月雨《さみだれ》が、ショボショボ降ったり――イヤ、そんなことはどうでもいい。
この間から、全国諸侯の使者が、踵《くびす》を接してこの林念寺前
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