》をしました。オット、ひだり手だけです。左膳に両手があっちゃア話はめちゃめちゃだ。
 それにしても。
 人が両手を突っぱってあくびするところを、片手でやるんですから、なんだか信号のようで、変な欠伸《あくび》の恰好《かっこう》だ。
 そんなことはどうでもいい。
 さて――。
 これからソロソロこけ猿の茶壺をあけにかかろう……と、左膳は舌なめずりをして、横に置いてある壺のほうへ、膝をむけなおしました。
 いよいよ壺の秘密があかるみへ――!
 数百年をへた地図には、はたしてどこに財宝《ざいほう》が埋《うず》めてあると書いてあるだろう?
 中国《ちゅうごく》か、山陰《さんいん》か、甲州路《こうしゅうじ》か。それとも北海道? 満洲《まんしゅう》? ナニそんなところのはずはないが、江戸でないことだけはたしかです。
 どことあっても左膳は、これからすぐ旅ごしらえ、濡れつばめを供に、かわいいチョビ安の手を引いて、発足する気でいるんだ。
 左手《さしゅ》が、一番上の風呂敷にかかった。ばらり、むすびめがほどける。
 いつの世、いずくの世界でも、人をして真剣ならしむる我利物欲……そのとほうもない莫大な財産が、人に知られずどこかの地中に眠っている。おまけに、今それには、柳生一藩の生死浮沈がかかり、この江戸だけでも、何十人という人間が、眼の色かえてこの壺を、いや、壺の中の秘図を必死にねらっているのだ。
 古今をつらぬく黄金の力――剣魔左膳の一眼に、異様な光が点じられた。
 柳生の先祖の封じこめた埋宝箇処は、いまその左膳の左眼に読みとられようと、壺の中で、早く早くと、声なくあせっているように感じられる。
 夜の引き明け前には。
 一度、深夜よりも森沈《しんちん》と、暗くものすごく、夜気の凝《こ》る一刻があるという。
 今がそれだ。
 気をつめ、呼吸をはずませて、箱から壺を取り出す左膳の横顔に、魔のごとき鬼気がよどんで、黒くゆがんで見えるのは、眉から口へかけての刻んだような一本の刀傷。
 壺には、チャンと紅《あか》い絹紐のすがり[#「すがり」に傍点]がかかっています。その、網の目をとおしてのぞいている、壺の肌のゆかしさ! 美しさ!
 さすがに伝来の名器だけのことはあると、左膳がその品格にうたれた時です。
 暁の風に乗って、遠く近く、あれ! 半鐘の音が……。

       八

「あら、お前さん、火事だよ」
 とお藤が言った。夜具から首を伸ばして左膳を見た。
「うん、どうやら火事らしいナ」
 左膳は生返事だ。
 それどころではないのである。
 すがりの網を片手でぬがせて、しずかに壺をとりだしている。
 朝鮮古渡りの逸品《いっぴん》だけに、焼きのぐあいがしっとりとおちつき、上薬《うわぐすり》の流れは、水ぬるむ春の小川……芹《せり》の根を洗《あら》うそのせせらぎが聞こえるようだと申しましょうか、それとも、雲とさかいのつかない霞の中から、ひばりの声がふってきて、足もとの土くれが陽炎《かげろう》を吐いている――そののどかなけしきのなかへ身も心もとけこむような気がする……。
 とでもいいましょうか。
 とにかく。
 今このこけ猿の壺を眼の前にして、じっと見つめていると、その作ゆきといい、柄《がら》といい、いかさま天下にまたとあるまじき名品。
 夢のごとき気を発散して、みる者をして恍惚《こうこつ》とさせずにはおかないのです。
 左膳のような、人斬り商売の武骨者にも、そのよさはわかるとみえまして、彼は、
「ウーム、こうごうしいものだなあ。これだけ人騒がせをしておきながら、イヤに平気におちついていやアがる。フン、なんとも癪《しゃく》な代物《しろもの》だが、ちょっと怖《おっか》なくて手が出せねえような気がするぜ」
 例《いつ》になく左眼をショボショボさせて、口の中でつぶやきましたが、これはこの時の左膳の正直な感想でしたろう。
 半鐘の音は、大きく、小さく、明け方の江戸の空気をゆすぶって、静かな池へ投げた小石の波紋のように、ひたひたと伝わってまいります。
「なんだか近いようじゃないか。ちょいと横町へ出て見て来ておくれよ」
 ごそごそ起き出たお藤。寝巻に細帯をまきつけながら、じれったそうな舌《した》打ち。
「なんだね、いつまでそのうすぎたない壺と、にらめっくらをしてるんですよ。ジャンと鳴りゃ駈け出すのが、江戸の男だわさ」
 左膳はそれも耳にはいらぬようすで、
「イヤ、あらたかなもんだ。外から拝《おが》んでいたんじゃアきりがねえ。どれ、そろそろ中身を拝見するとしようか」
 ひとりごちつつ、壺のふたに手をかけた。
 なるほど。
 耳こけ猿という銘のとおりに、壺の肩《かた》に三つある小さな耳のひとつが、欠けている。この中に、日光御修営を数限りなくひきうけてもビクともしない大財産と……
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