る面持ちで、左膳は、ひだりの膝がしらに引きつけた長刀《ちょうとう》、相模大進坊《さがみだいしんぼう》の柄を按《あん》じて、うすきみのわるい含み笑いをしました。
 そして、何ごとか思いさだめたふうで、
「イヤ、壺をひらいてしまえばそれまでだ。ひらくまでが、たのしみなのだ。なかなかあけねえところに、そのたのしみは長くつづく」
 お藤はあっけにとられた顔で、
「なにを酔狂《すいきょう》なことを言ってるんですよ。唐人《とうじん》の寝ごとみたいな……じゃ、あたしゃ先に寝ますよ」
 なにげなさそうに言って、しどけなく帯をときながら、ユラリと起ちあがったが。
 そのお藤の胸中には。
 はや一つの思いきった考えが、ちゃくちゃく形をとりつつあったので。
 男には、恋は全部ではないかも知れない。
 だが、女には、恋こそはその全生命、全生活なのです。だから、恋のため……ことに、かなわぬ恋のためには、なんでもする。とくに、お藤のような性格の女は。
 と、そのとたんだった。ちょうど彼女が、何をいってるんですよ、唐人《とうじん》の寝ごとみたいな――と言った時。
 まるで、それにヒントを得たかのように、部屋の片隅にねむりこけるチョビ安が、ハッキリした声で、寝ごとをいいました。
「お美夜ちゃん、お美夜ちゃん!――お前はどうしている。おいら、こうしていても、おめえのことばっかし思ってるぜ。オイ、お美夜ちゃん……」
 子供に、恋慕のこころはありますまい。ただの友情ではあろうが、はげしくお美夜ちゃんをおもう気もちが、いまこの寝ごととなって、チョビ安の口を出たのです。
 たった一声。
 あとは何やらムニャムニャと、眠りながら笑っているのは、夢は荒れ野を駈けめぐり……じゃない、夢はとんがり長屋へ帰って、お美夜ちゃんに会っているに相違ありません。
 その、チョビ安の寝ごとを聞いたときに、お藤姐御の胸は、しめつけられた。
 思わず、ホーッともれる長いためいき――。
「あああ、子供でさえも、思う人のことを、あんなに、夢にまで口に出すのに……ほんとににくらしい情《じょう》なしだ」
 浴衣《ゆかた》をかさねた丹前の裾に、貝細工のような素足の爪をみせて、凝然《ぎょうぜん》とたちすくんでいる櫛巻お藤、艶《えん》なるうらみをまなじりに流して、ジロッと左膳の君を見やりますと。
 左膳はそれも聞こえないのか。
 知らぬ顔の半兵衛で、長火鉢の猫板に巻紙をとりだし、硯に鉄瓶のしたたりを落として、左手で墨をすりはじめている。
 床へはいったお藤は、胸に一|物《もつ》ございますから、ねるどころではありません。すぐさま、わざとスヤスヤと小さないびきを聞かせて、薄眼をあけ、じょうずな狸寝入り。
 見られているとも知らず、左膳、口に筆をかんで、いやに深刻な顔で巻紙をにらんでいる。どこへやる文やら、寒燈|孤燭《こしょく》のもと、その一眼は異様な情熱にもえて――。

       四

 おらァ、女にいちゃいちゃするのが、大嫌《でえきれ》えだ。これが一つ……と数えたてて、左膳、あの門之丞を斬ってすてたのですけれど。
 また。
 こんなに真実をつくす櫛巻の姐御を、いっしょに住んでいて見向きもせず、はたの見る眼もいじらしいほど、振って振りぬいていた左膳だが。
 かれといえども、べつに木製石作りというわけじゃアない。
 くしまきお藤のようなタイプの女は、左膳の性にあわない。好みじゃないというだけのことで――では、どんなのが左膳の理想のおんなかといえば。
 なにも理想のどうのと、そうむずかしく言うにはあたらないが、あの司馬道場の萩乃、ああいうのこそ、女の中の女というのだろうなアと、左膳、さっき月にぬれて帰る途中から、ふっとものを思う身となってしまったのです。
 萩乃様を?
 この丹下左膳が?
 恋してる?
 イヤどうも妙なことになったもので、萩乃の迷惑が思いやられますけれど、しかし、まったくのところ、どうもそうらしいんですからやむをえません。
 左膳だって、惚《ほ》れたの腫《は》れたのという軽い気もちではないのだ。
 さっきあの寝間ではじめて会ったときは、そうも思わなかったのだが、壺を小腋《こわき》に道場を出て、ブラブラ帰るみちすがら、あの茫然《ぼうぜん》と見送っていた萩乃の立ち姿は、左膳のまぶたのうらから消えなかった。いや、消えないどころか、それは、彼が強い意思でもみつぶそうとするにもかかわらず、だんだんはっきりした形をとって、今はもう、拭《ぬぐ》うべくもなく胸の底にやけついているのです。押入れのすきまから、そっとのぞいているとも知らず、机の上に二つの博多人形をくっつけて置いていた萩乃……。
 あの、門之丞があらわれた時、おどろきのうちにも毅然《きぜん》として、ああして理のたった言葉でたしなめた萩乃――あれほど
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