く、ほおに赤くほつれ髪のあとがついている。
 だが――。
 人の心は、思うままにならないもので、お藤がこんなに想っているのに、左膳のほうでは、平気《へいき》の平左《へいざ》です。
 まア、頼まれるからいてやる……そうまで阿漕《あこ》ぎな気もちでもないでしょうが、どうせ行くところがないのだから、幼いチョビ安を夜露にさらすのもかわいそう、当分ここにとぐろをまいていよう――ぐらいの浅いこころ。
 どんなにお藤がさそっても、左膳は見向きもいたしません。一つ屋根の下に起き伏ししていても、二人の間は、あかの他人なんです。
 いまも左膳は。
「うむ、いい稼業《しょうばい》をしてきたぞ」
と、手の壺の箱へ、ちょっと顎をしゃくって見せたきり、ひややかに家の中へ――。

       二

 お藤の、袖屏風した裸手燭が、隙もる夜風に横になびいて、消えなんとしてまたパッと燃えたつ。
 左膳を追って、お藤はうれしげに、とっつきの茶の間へあがる。
 二間きりの小ぢんまりした家です。かたすみの煎餅蒲団に、チョビ安が、蜻蛉《とんぼ》のような頭髪《あたま》をのぞかせ、小さな手足を踏みはだかって、気もちよさそうな寝息を聞かせています。
 左膳は、さもさも父親のように、そのチョビ安の寝顔をのぞきこんで、
「罪がなくていいなあ、餓鬼は」
 と、思い出したようにお藤をかえりみ、
「あすは旅だ」
 どてらをひろげて、左膳のうしろへ着せかけようとしていたお藤姐御は、この突然の言葉に、吐胸《とむね》をつかれて、
「オヤ、だしぬけに旅へ……とはまた、どちらへ?」
「ゆく先か、それアこの壺にきくがいい」
 どっかり長火鉢の前へ、細長い脛で胡坐《あぐら》をくんだ左膳、こけ猿の包みを小わきに引きつけて、
「どこへ旅に出るか、おれもまだ知らねえのだ」
「あらま、ずいぶんへんなおはなしじゃないか」
 と、半纏《はんてん》の襟をゆりあげながら、お藤は左膳と向きあって、火鉢のこっち側に立て膝。
 喫《か》みたくもない長|煙管《ぎせる》へ[#「長|煙管《ぎせる》へ」は底本では「長煙管《ぎせる》へ」]、習慣的にたばこをつめつつ、
「ハッキリ言ってもらいたいわね。あてなしの旅に出るなんて、このあたしの家にいるのが、そんなに嫌におなりかえ」
 左膳は苦笑して、
「ウンニャ、そういうわけじゃアねえが、今この壺をひらいて、中の紙きれに……」
「え? その壺のなかの紙片に――?」
「どこと書いてあるか知らねえが、その紙ッきれにしめしてある場処へ、おらア、ある物を掘りに行かなくっちゃアならねえのだよ」
 くすりと、ゆがんだ笑いをもらしたお藤、そっぽを向いて、
「……とかなんとか、うまいことを言ってるヨ。だがね、ほんとにこのあたしが嫌になって、それで家を出て行くんでなければ、あたしがくっついて行ってもかまわないだろう? え? 虫のせいか知らないけど、あたしゃ因果と、お前さんが好きでたまらないのさ。どんなにじゃまにされたって、あたしゃどこまでだってお前さんにへばりついて行くから、ホホホ、大きな荷物をしょいこんだつもりでネ、その覚悟でいるがいいわサ」
「いや、お藤、これ、お藤どの」
 左膳はいささか、持てあまし気味で、
「くしまきの姐御ともあろうものが、そんな小娘みてえなことを言うのア、うすみっともねえぜ。実もって今度の旅は、足弱をつれていっていいような、そんななまやさしいものじゃアねえんだ。まったく、伊賀か、大和か、それとも四国、九州のはてか、どこまで伸《の》さなくっちゃならねえか、この壺をあけてみねえうちは、誰にもわからねえのだからなア」
「フン、その壺はお前さん、前にあのつづみの与の公が、品川の柳生源三郎の泊りとかから、引っさらって来た壺じゃアないか。そんなきたない壺一つが、いったいどうしたというんですよ。もったいをつけないで、早くあけてみたらいいじゃアないか。何もそのうえの相談サ」
 言いながらお藤、左膳が突然この家をはなれるときいて、嫉妬と悲しみにくるってヒステリカルになっている心中で、そんなら、この壺さえなかったら、恋しい左膳をいつまでも自分のもとにとどめておくことができるのだナ、と、ひそかに思いました。
 蛇になった女もある。まことに、恋ほど恐ろしいものはございません。

       三

「ウム……」
 と左膳は、軽くうなずいて、
「壺中の小天地、大財を蔵《ぞう》す――あけてみるのが楽しみだな」
 ヒタヒタと壺の箱をたたきながら、
「だが、あければすぐ、その埋蔵物を掘りに行くという、苦難の仕事が始まるのだ。日本のはて、どこの山奥までも、ただちにおもむく、……してまた、その財宝を手に入れるまでに、この濡れつばめは何度人血をなめねばならんことか。ウフフ、働いてくれよ」
 いささか憮然《ぶぜん》た
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