として……ドッコイショッ」
 ごろりと横になって、肘《ひじ》まくら。
「そこで、御両所、こけ猿のことは、心配するな。そのうちにおれが、大岡のところへ持ってきてやる」
 と言いました。
 前にも一、二度、三人で相談して、なんとかしてあの壺を、こっちの手に入れなければならないと、話をきめたことがあるんです。
 それは、この愚楽老人、城中では常に将軍家拝領の葵《あおい》の紋つきを、ひきずるように着て、なんかといえばすぐ、背中の瘤《こぶ》にきせたそのあおいの紋をつきだし、これが見えぬかと威張っている。
 上様のほかに、葵《あおい》の紋のついたお羽織を着ているのは、愚楽一人ですから、みんな、ソレお羽織が来たといって、誰も愚楽のそばへ寄る者はない。
 いつか……。
 元禄の赤穂事件で有名な、あの松の廊下で。
 愚楽老人、ちょうどすれちがったこの大岡忠相が、その長い羽織の裾を、踏みもしないのに踏んだと、わざと言いがかりをつけて、人眼をごまかして大岡様を別室へひきいれ、そこでこの壺に関して篤《とく》と密談をしたことがあります。
 あの晩も、さっそく、泰軒をまじえて三人、ところも同じ今のこの座敷で、いろいろと策をねった。
 で、その結果。
 泰軒がひそかに壺の移動に眼をつけることになって、ああして、当時まだ吾妻橋《あづまばし》下の河原に小屋をむすんでいた左膳のもとへ、泰軒が橋の上から矢文《やぶみ》をはなち、それによって左膳も、壺ののむ柳生の埋宝の秘密をはじめて知ったというわけ。
 そもそも、大岡様や泰軒がこの事件に関係しだし、また、剣魔左膳が壺の内容を知って、いっそう執念《しゅうねん》の火をもやすようになったについては、こういういきさつがあったのです。
 以前《まえ》の事情を説明しておかないと、話がすすまない。
 そこで、またしても、今夜のこの三人文殊の寄りあい……。
「まあ、よい。おれにまかせておけ。ちょっと考えがあるんだ」
 ムックリ起きあがった泰軒のひたいの前に、ソッと二人のひたいが集まる。あとは三人のヒソヒソ話、よく聞こえません。

   火吹《ひふ》き紅竹《べにだけ》


       一

 すっかり傾いた明《あ》けの月。
 通りすがりの船板塀から、松の枝が、おどりの手ぶりのような影を落として、道路のむこうを、猫が一匹ノッソリと横切ってゆく。
 寝しずまった巷には、この人恋しい夜にもかかわらず、粋な爪弾《つめび》き水調子も、聞こえてこない……。
 本郷は司馬道場の裏木戸を、ソッと排して、青い液体を流したような月光の中へ、雪駄《せった》の裏金の音をしのんで立ちいでたのは、大《おお》たぶさにパラリ手拭をかけた丹下左膳である。
 いま、脇本門之丞を胴輪斬りに、その血を味わった妖刃濡れ燕は、何ごともなかったかのように、腰間にねむっている。
 足をはこぶたびに、例のおんな物の下着が、ぱっぱっと、夜眼にもあざやかにおよぐ。
 ひだりの一本腕の下に、こけ猿の包みをかかえた左膳、やがて、月を踏んで帰り着いたのは、駒形の高麗《こうらい》やしき――尺取り横町のお藤の家だ。
「おい、お藤! あけてくれ……おれだ。左膳様のお帰りだ」
 あたり近所をはばかって、トントンと静かに雨戸をたたく。
 なかから、つっかけ下駄で土間へおりるけはいがして、スーッと音もなく戸があいた。
 さらりとした洗い髪、エエモウじれったい噛み楊枝……といった風情。口じりに、くろもじをかみ砕きながら、お藤姐御の白い顔が、ほのかな灯りに浮かんでのぞく。
「ま、お前さん。今ごろまでいったいどこを、ほッつき歩いていたんですよ」
 と、キュッと上眼使いににらみあげるのも、女房きどりのうらみごとです。
 左膳は、あの仮りの子チョビ安をつれて、もうだいぶ前から、この櫛巻お藤の隠れ家へころげこんでいるのだ。それというのも、なかばは姐御のほうから、どうぞいてくださいと一生けんめいにひきとめているので……櫛まきお藤、この、隻眼隻腕のお化けじみた左膳先生に、身も世もないほどゾッコン惚《まい》っているんです。
 ヒネクレ者で、口が悪く、見たところはごぞんじのとおり、使いふるした棕櫚箒《しゅろぼうき》に土用干しの古着をひっかけたような姿。能《のう》といったら人を斬るだけの、この丹下左膳。
 どこがいいのか、はたの眼にはわかりませんが、女も、お藤姐さんぐらいに色のしょわけを知りつくし、男という男にあきはててみると、かえって、こういう、卒塔婆《そとば》が紙衣《かみこ》を着てまよい出たような、人間三|分《ぶ》に化け物七|分《ぶ》が、たまらなくよくなるのかも知れません。
 今夜も。
 夕方フラリと出ていったきり、ふけても帰らぬ左膳を待ちこがれて櫛の落ちたのも知らずに、柳の枕のはずれほうだい、うたた寝していたところらし
前へ 次へ
全136ページ中107ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング