グッと首をまげて突きだした左膳、あいている左の眼で、ニヤリと笑った。
左膳にこの笑いがくると、危険だ。
と、同時に。
左の膝をすこし折ったかと思うと、眼にもとまらぬ疾《はや》さでくりだした一刀の柄、それを、鍔《つば》元を握って顔の前に立てるが早いか、舌の先で、目釘をなめ湿《しめ》している。
門之丞から見ると……柄のかげに、左膳の顔が、低くおじぎをしているようで。
だが。
額《ひたい》ごしの左眼は、不動金縛りの力で、強く門之丞を牽制《けんせい》しながら、左膳、口をひらいた。
木枯《こが》らしのような、がらがらした声。
「おれの[#「おれの」は底本では「おのれ」]きれえなことばっかりしておきながら、それで、斬られるのがいやだというんなら、そりゃアお前《めえ》、無理ってもんだぜ」
変にねっとりした口調です。
顔半分は、依然として笑っている。
「俺《おれ》アなア、第一に、人をだしぬくってことが大きれえなんだ。女のことになりゃア、主も家来もねえというんなら、それもよかろう。だが、お前《めえ》は、源三郎をだしぬいて、この女を口説《くど》きにかかったじゃアねえか。おらアそれが気にくわねんだっ!」
こんなことを言っているあいだに、いつサッと斬りこんでくるか知れないと、門之丞、一刀の柄に手をかけて、ゆだんなく身構えながら、
「乞食浪人の説法、聞きたくもないっ! 早々《そうそう》に立ち去れっ!」
「だまって聞けエ。第二に、おれのきれえなことは、女を追いまわすことだ。それに、なんぞ、さっきからこの押入れン中で聞いていれば嚇《おど》かしたり、ペロペロしたり……みっともねえ野郎だっ! 言うこときかなけりゃア、チッ、面倒くせえや、なぜ斬ってしまわねえんだっ! おれアその、女にいちゃいちゃするのが、むしずの走るほど大《でえ》きれえでなあ。第三に、お前の面《つら》がどうも気にいらねえ――ウフフ、これだけそろっていりゃアおらアお前をバッサリやってもいいだろう。なあ、おとなしく斬らせてくれよ」
「こやつは狂人じゃ」
門之丞がふっとつぶやいた刹那、たっ! と柄鳴りして、左膳、口に鞘《さや》をくわえると見えたとたん……一線の白い虹が、スーッと門之丞の胴を横切って走りました。
二
足を開き、身を八の字なりに低めた左膳。
右から左へ薙《な》いだ左腕の剣を、そのまま空《くう》に預《あず》けて、その八の字を平たく押しつぶしたような恰好のまま――。
夢にはいったよう、じっとしている。
一道に悟入した姿の、なんという美しさ!
伸びきった左手の長剣、濡れ燕、斬っ尖《さき》から肩まで一直線をえがいて微動だもせず、畳のうえ三尺ばかりのところに、とどまっています。
この時の左膳の顔は、一芸の至妙境に達した者の、こうごうしさに輝いてみえました。
落ちくぼんだ、蒼く澄んだほお……歯に刀の提《さ》げ緒《お》をくわえて、胸のあたりに、長い鞘が、ななめにぶら下がっている。
かすかにあけた口から、ホッ、ホッと、刻むがごとく呼吸を整えて――そして、左膳、たった一つの眼もつぶって、まるで眠っているようです。
と、こういうと、非常に長く経過したようですが、ほんの五秒、六秒もありましたでしょうか。
門之丞は――?
と見ると、さっきのとおり、右手《めて》を柄頭にかけて、立ったまんまだ。
ただ――。
眼をうつろに、あらぬかたへ走らせて、機械仕掛のように上顎と下顎をがくがくさせ、両ほおに、紫の色ののぼりそめたのは、どうしたというのでしょう。おや! 胴のまわりの着衣に、糸のような細い血の輪がにじみだして……。
すると、です。
左膳がガタガタと首をゆすって口にくわえていた提げ緒を、振り落とした。割れたところを真田紐で千段巻きにした鞘が、トンと畳を打つ。とともに、左膳はホーッと太い息、力をぬいて身を起こした瞬間!
なんといいましょうか。呪いがとけたように、支柱《ささえ》がとれたように……立っている門之丞のからだが、大きく前後左右にゆらいで、たちまち、朽ち木をたおすごとく、斜め右にバッタリ倒れました。同時に、胴がパックリ二つに割れころがって、一時にふきだす血、血……。
なアンだ、門之丞、とっくの昔に胴体を輪切りにされて、今まで、死んだまんま、ノッソリ立っていたんです。
すえ物斬りの妙致が、うまくはま[#「はま」に傍点]ると、はずみで、こういうこともあるかも知れない。
なんとかいう侍は、ひどく剣術《やっとう》のできる友達と喧嘩をして、スパッと首の斬られたのを知らずに、おでんやなんかで帰りに一ぱいやって、ウーイ、ああいい気持だと、家へ帰ってきた。そして、ただいま、と頭をさげる拍子に、首がコロコロところがり落ちて、はじめて斬られていたことを知っ
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