ま、拙者はあなたに、ある一つの壺を献上いたそうと存ずるが、御嘉納《ごかのう》くださるでしょうな?」
 萩乃は、いぶかしげに、小首をかしげて、
「壺とはえ?」
「は。源三郎殿が、伊賀より持ちきたったる――」
「あらっ! いま皆が大さわぎをしている、こけ猿とやらいう……」
「サ! そのこけ猿です!」
 門之丞眼を光らして、
「丹波が、かの橋下の掘立小屋より、破れ鍋をかわりに置いて盗みださせたのを、拙者がまた、それと寸分違わぬ箱やら風呂敷を、ひそかにととのえて、この道場にある間にそっとすりかえたのです。それとも知らず丹波の一味は、あの、私の作った偽物の箱包みを、後生大事に持っていって、いま寮に、虎の子のようにしまいこんであるでしょうが、はッはッは――ただいま、お眼にかけます」
 言いながら門之丞は、はいって来た障子のほうへあとずさりして、しずかにあけた。さっきここへはいる時、そとの縁に置いてきたものとみえる。
「すりかえてから、考えあぐんだあげく、故先生のあの大きな御仏壇の奥へ、押しこんでおいたのです。あそこなら、神聖視して誰も手をつけませんからナ。今、この部屋へ来る途中、ソッと取りだしてまいりました。ここにございます」
「まあ……!」
「へへ、へへ、これです。どんなもので」
 と門之丞、言葉も手つきも、なんだか急に骨董屋《こっとうや》みたいになって、取扱い注意の態度《こなし》よろしく、萩乃の前へさげてきたのを見《み》ると!
 なんと! 驚くじゃアありませんか。包んである布の味といい、木箱の古びかげんといい、これこそ正真正銘《しょうしんしょうめい》、ほんもののこけ猿の茶壺ではないか!

       二

 四つにむすんだ古布《ふるぎれ》のあいだから時代のついた木箱の肌を見せて、ズシリと畳にすわっている箱包みは……。
 人でも、物でも、長く甲羅《こうら》をへたものは、一種の妖気《ようき》といったようなものが備わって、惻々《そくそく》人にせまる力がある。
 今このこけ猿の茶壺を、萩乃がジッとみつめていると、名器から発散する言うべからざる圧力にうたれて、彼女は、声も出ません。
 門之丞も、呼吸《いき》がせまって、無言です。
 だまって、萩乃を見上げた。萩乃は立ったまま、眼をまんまるにして、壺の箱を見おろしている。
 一瞬二瞬、空気は固化して、ふたりとも石像になったよう――身うごきもしません。イヤ、できません。巨大な財産をのむ名壺《めいこ》の魅縛《みばく》……これをこそ、呪縛《じゅばく》というのでしょうか。
 このふるびた包み布をほどけば、年月によごれた桐の木箱。そこまでは、外からも見える。今その、十文字にかけた真田《さなだ》をといて、サッと箱のふたをとったとしましょうか。中にはもう一枚、金襴《きんらん》の古ぎれで壺が包んであるに相違ない。その色|褪《あ》せたきんらんを除くと、すがり[#「すがり」に傍点]といって、紅い絹紐であんだ網をスッポリと壺にかぶせてあることだろう。
 さア、そこで、そのすがり[#「すがり」に傍点]を取るとします。そうすると、ここにはじめて、朝鮮渡《ちょうせんわた》りの問題の名品、耳こけ猿の茶壺が、完全に裸身をもって眼前に浮かびでるでしょう。薬の流れぐあいから、その焼きといい、においといい、まことに天下をさわがす大名物《だいめいぶつ》、きっと頭のさがるような品格の高い、美しい味のものにきまっている。で、その壺のふたをとると、なかに、莫大な柳生家財産の埋蔵個所をしめした一片の地図が、幾百年の秘密を宿し、この大騒動を知らぬ顔に、ヒラリと横たわっているのだ……。
 萩乃は、一枚一枚着物を脱《ぬ》がすように、こうしてこの壺の包装を、一つずつとり去るところを心にえがいて、もうその壺のふたをとったように、胸がどきどきしました。
「あけてみましょうか」
 といって、箱のわきにしゃがんだ。
「御随意に――」
 かたわらで、門之丞は、にやにや笑っている。
「では……」
 と、萩乃の手が、ふろ敷《しき》の結びめにかかった時だった。剣道修業で節くれだった門之丞の黒い手が、むずと、萩乃の白い手をおさえたのです。
「萩乃さま。源三郎どのが死なれた以上、この婿引出のこけ猿は、当然あなたのものですから、お返しはいたしますけれど、そのかわりに、なにとぞ拙者の胸中をお察しあって――萩乃様っ!」
 その手を払った萩乃、
「またしても、源三郎様がおなくなりになったなどと、さような嘘を! 女ひとりとあなどると、そのぶんには捨ておきませぬぞっ」
 立ちかける萩乃に、門之丞はすがりついて、
「イヤ、うそなら嘘で、もうまもなくわかること。それよりも、男の一心だ。よいではござらぬか、萩乃さま」
 モウ武士の威信《いしん》もうちわすれて、武者振りつく拍子に、その手が
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