みやげの、風雅な、ちいさな、一対の内裏雛《だいりびな》。
 灯にはえるその顔が、みるみる蒼白くゆがんで、やがて得《え》耐《た》えず、鈴《すず》をはったような双の眼から、ハラハラと涙のあふり落ちたのは、きっと亡き父のうえをしのんだのでしょう。と、たちまち、きっと引きしまった口もとに、言いようのない冷笑の影が走って、
「まあ、ほんとうに、お母《かあ》さまとしたことが――」
 おもわず洩れるひとりごとは、やくざな継母《ままはは》、あのお蓮様のうえを、ひそかにあざけりもし、またあわれみもしているとみえます。
 すると、つぎに、その萩乃の表情《かお》に、急激な変化がきた。眼はうるみをおびて輝き、豊頬《ほうきょう》に紅《くれない》を呈《てい》して、ホーッ! と、肩をすぼめて長い溜息。
 思いは、またしても、婿ならぬ婿、夫《つま》とは名のみの源三郎のうえへ――。
「源さま、源三郎様……」
 熱病のようにあえぎながら、萩乃は、夢中で手にしていた二つの博多人形《はかたにんぎょう》、その男と女の小さな人形を、机のうえにぴったりくっつけて、置きました。
 そして、じっと見入る眼には、消えも入らんず恥じらいの笑《え》みが――。
 その時、障子のそとの廊下に、人の体重をうけたらしくミシと鳴る板の音。萩乃はそれも、耳にはいらなかった。

       三

 恋すちょう、身は浮き舟のやるせなき、波のまにまに不知火《しらぬい》の、燃ゆる思い火くるしさに、消ゆる命と察しゃんせ。世を宇治川《うじがわ》の網代木《あじろぎ》や、水に任《まか》せているわいな……といった風情。
 艶《えん》なるものですナ。
 早く産みの母をうしない、素性の知れない義理の母、お蓮様には、つらいめばかり見せられて、泣きのなみだのうちに乙女《おとめ》となったこの青春の日に、また、たった一人の、頼りに思う父に死に別れたのみか、わが夫へときまった人をこんなにおもっているのに、それも、継母やあのいやらしい丹波から、じゃまの手がはいって、いまだに、祝言《しゅうげん》のさかずきごとさえあるじゃなし――。
 道場の一郭は、源三郎が引きつれてきた伊賀の若侍に占領されて、そこでは日夜、大江山の酒顛童子《しゅてんどうじ》がひっ越して来たような、割れるがごとき物騒がしい生活。
 早く文句をつけてくれ、そうしたら一喧嘩してやる……と言わぬばかり。亡き父が自慢にした絞りの床柱は、抜刀の斬り傷だらけ、違い棚にあった蒔絵《まきえ》の文箱《ふばこ》は、とうの昔に自炊の野菜入れになっているという侍女の注進である。そのワアワアいう物音が、遠く伝わってくるたびに、萩乃は、ゾッと恐怖におののくのだった。じっさい、どっちを向いてもすがりどころのない、萩乃の心中はどんなでしたでしょうか。おまけに。
 継母《はは》は、なんの力にもなってくれないどころか、丹波とぐるになって源三郎様を自分から遠ざけて、由緒《ゆいしょ》あるこの道場を横領しようとするさえあるに、あろうことか、あの源様にたいして妙なこころを動かし、色のたてひきに憂身《うきみ》にやつしているらしいとのこと。
 このあいだから丹波の一味をつれて、葛西領《かさいりょう》渋江《しぶえ》の、まろうど大権現《だいごんげん》の寮へ、出養生《でようじょう》を名に出むいているけれど、またなにかよからぬたくらみをしているに相違ない――。
「なんという、あさましい……」
 だが、萩乃がいちばん気になってならないのは、かんじんの源三郎が、じぶんをどう思っているかということです。
 彼女は、夜も昼も、この一間にとじこもったきり――胸の不知火に身をこがしている。
 今も今とて。
 この夜半。
 別棟に陣《じん》どっている柳生の若侍たちも、夜は人なみに眠るものとみえて[#「眠るものとみえて」は底本では「眼るものとみえて」]、広大な屋敷うちが、シインと深山《みやま》のよう……昼間のあばれくたびれか、白河夜船のさいちゅうらしく、なんのもの音も聞こえません。
 主君源三郎は、今朝馬を駆って出ていったきり、夜になっても帰らないけれど、供頭《ともがしら》安積玄心斎、谷大八、脇本門之丞と、名だたる三人がいっしょだから、一同なんの心配もなく、かえって、鬼のいぬ間の洗濯と、宵から大酒盛をやったあげく、みんなその場へへたば[#「へたば」に傍点]ってしまって、イヤモウ、たたいても打《ぶ》っても眼をさますこっちゃアありません。
 と、駕籠を飛ばして道場へ帰り着くが早いか、まず、ソッとこのほうをうかがって、このようすならめったに起きる心配はない。大丈夫と見きわめをつけた門之丞。
 それからすぐ、萩乃のいる奥棟へしのびこんで、長い廊下を泥棒猫よろしく、かねてここぞと当たりをつけてある萩乃の寝部屋の前。
 この夜ふけに、室内《なか
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