く主筋《しゅすじ》となっているお蓮さまのお声がかりだから、みんな不平そうに刀を引いた。
 でも、内心、仕事なかばどころか、もう完全に仕事は終わったと思ったのです。
 みなの剣は血にぬらつき、たしかに、返り血らしい生あたたかいものをあびた覚えもある。
 いま、部屋の中に罩《こ》もっているのは、むっと咽《む》せっかえるような、鉄錆《てつさび》に似た人血のにおい……一党は、手さえ血でべとべとしている。
 ここへ今、灯がはいれば、たたみには深紅《しんく》の池が溜って、みじめに変わりはてた伊賀の若様の姿が、展開されるだろう――。
 そう思って、早く燈火を歓迎するこころ。
 一同、シンと声をのんで、明りの近づくほうをふり返りました。
「まあ、しばらく、しばらく、お待ち……」
 お蓮さまはあたふたと、さやさやと衣擦《きぬず》れの音をさせてはいってきた。
「なんですねえ、ドタバタと、騒々しい!」
 さっき宵の口に、源三郎の夕餉《ゆうげ》に給仕に出た少年が、先に立って手燭《てしょく》をささげている。
 その光に。
 さッと室内の状《さま》が、うかび出た。
 とたんに。
 峰丹波、等々力十内、岩淵達之助、ほか十数名。
「ヤヤッ! これはっ――!」
 驚愕の合唱をあげた。
 お蓮様は? と見ると、柳の眉の青い剃りあとを、八の字に、美しい顔をひきゆがめたなり、声もなく立ちすくんでいます。
 無理もない。
 見るがいい!……室のまん中に全身|朱《あけ》にまみれて長くなっているのは、不知火門弟の若い一人! 仲間じゅうでよってたかって斬りさいなみ、突きまくった刀痕は、頸、肩、背といたるところ、柘榴《ざくろ》のごとく口をあけて、まるで、蜂の巣のよう――!
「ウーム! あやまって、とんだ惨《むご》いことをいたした……」
 悄然《しょうぜん》たる丹波の言葉も、誰の耳にもはいらないらしく、一同、刀をさげ、頭《こうべ》をたれて、黙々とその無残きわまる同志の死体を、見おろすばかり、頓《と》みには声も出ません。
 こんなこととは、誰《だれ》不知火《しらぬい》。
 道理で、なんだか手応《てごた》えが弱いと思った。
「迷わず成仏《じょうぶつ》――」
 なんかと、かってな奴があったもので、一人が片手を立てて拝んだりしたが、こいつは迷うなったって、無理です。これじゃア成仏できますまい。
 足もとにばかり気をとられて、一同がポカンとしている時、
「ヤヤ! じゃ、かんじんの源三郎は? どこに?」
 と気がついたのは、お蓮さまだ。見まわすまでもなく、広くもない座敷、片隅へ行ったお蓮様の口から、たちまち、調子《ちょうし》ッぱずれのおどろきの叫びが逃げた。
 伊賀の源三郎、どこへも行きはしない。
 ちゃんと床の間へあがりこんで、山水《さんすい》の軸《じく》の前にユッタリ腰を下ろし、高見の見物とばかり、膝ッ小僧をだいているではないか!
 ニヤニヤッと笑ったものだ。
「もう出てもよいかナ」

   思案《しあん》のほか


       一

 チャリン! 揚《あ》げ幕《まく》をはねて花道から、しばらく……しばらくと現われる、伊達姿女暫《だてすがたおんなしばらく》。
 この留め女の役を買って、この場へ飛びだしたお蓮様の気持たるや、さっぱりわかりません。
 いや、お蓮さまにかぎらず、だいたい女というものは、そう簡単に割りきれる代物《しろもの》ではないんで。
 女性は男性にとって、永遠の謎でございます。その謎のところがまた、男をひくのかも知れない。
 道場《どうじょう》横領《おうりょう》の邪魔もの、源三郎を亡きものにしようと、ああして策謀の末、やっとのことで今しとめようというどたんばへ、こうして止めにはいったお蓮さまの心理。
 恋している男を、いざとなってみると、とても殺せなかったのかも知れません。
 また。
 自分に素気《すげ》ない源三郎に、この恩を売っておいて、うんと言わせようのこんたんかもしれない。
 どっちにしろ、源三郎としては今の場合、一難去ったわけですから、その細長い、蒼白い顔をニヤッと笑わせて、のこのこ床の間からおりてきた。
 刀の真綿はすでにとりさって、ピタリ鞘におさめ、なにごともなかったような落とし差し……大きくふところ手をして、ユッタリとした態度《ものごし》です。伊賀の暴れン坊、女にさわがれるのも無理はない。じつに、見せたいような男っ振りでした。
 丹波の一味はあっけにとられ、刀をさげて、遠巻きに立って眺めるのみ――もう源三郎に斬りつける勇気とてもございません。
 血みどろの死骸を見おろした伊賀の若様、ちょっと歩をとめて、
「身がわりか」
 と言った。ふところの手を襟元からのぞかせて、顎《あご》をなでながら、いささか憮然《ぶぜん》たる面《おも》もち。
 と、血のとんでいる畳に
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