たのを、先に立って、無理にここへ案内して来たのも、門之丞……いよいよ、怪しいのは門之丞だ。
 ここは、向島《むこうじま》を行きつくした、客人大権現《まろうどだいごんげん》の森蔭、お蓮さまの寮です。こんなところに、司馬家の別荘があろうとは、源三郎、知らなかった。ましてや今、お蓮様、丹波の一党、十五人ほどの腕達者が、ひそかにここへ来ていようとは! 近ごろ道場に姿の見えないことだけは、うすうす感づいていたけれども。
 門之丞はいつのまにか敵と内通して、はじめから計画的に、若殿源三郎をこの窮地におとしいれたに相違ない。その門之丞は、さっき、しきりに源三郎に心を残す玄心斎、谷大八の二人とともに、どこか控えの間へ招《しょう》じ去られたきり、なんの音沙汰もない。寮の内は、森閑として、
 とっさに、これだけのきょう一日の追憶が、源三郎の脳裡《あたま》を走ったのでした。
 はかられたと知った源三、血走る声で、
「爺《じい》!、安積《あさか》の爺! ダ、大八ッ――!」
 叫んだ刹那です。
「筑紫《つくし》の不知火《しらぬい》は、闇黒《やみ》にあって初めて光るのじゃっ!」
 岩淵達之助の一刀が、右から躍って……。

       二

 岩淵の達ちゃん……なんて、心やすく言ってもらいますまい。
 岩淵達之助、この人は、泣く子もだまるといわれた怖いオッサンで、本郷界隈では、だだッ児《こ》の虫封じに、しばしばその名を用いられた。これじゃアまるで、小児科の適薬みたようです。
 冗談はサテおき。
 司馬道場では峰丹波から数えて二番目の使い手。
 いったい、物語に出てくる女といえば、こいつがそろいもそろって、みんな美人。剣術つかいは、出てくるのも出てくるのも、かたっぱしから剣豪だらけで、まことに恐れ入りますが、しかし、考えてみると、これでなくっちゃア話になりません。弱い剣士なんてエのは、場《ば》ちがいです。あつかわないんです。
 剣豪のうえに大《だい》剣豪あり、そのまた上に大々《だいだい》剣豪があるから、物事がこんでくる。
 で、今。
 筑紫の不知火は闇に光る――なんかと、ひどく乙《おつ》なことを言って、畳を踏みきる跫音《あしおと》すごく、源三郎に斬りかかってきたのが、この岩淵達之助だ。
 人の刀を使えなくしておいてから、切るたんか[#「たんか」に傍点]では、たかが知れている。
 はたして。
 ボンヤリ立っていた源三郎だったが、太刀風三寸にして剣気を察した彼、フイと身をそらしたから、はずみをくらった岩淵達之助は、刀を抱いたまま部屋の向うへスッ飛んで、どすん! 御丁寧に襖《ふすま》とでも接吻したらしい音。なるほど、不知火のような刀影が、見事|闇黒《やみ》に白線をえがいて走りました。
 これだから、剣豪もあんまり当てにならない。
 といって、この醜態で達之助をわらうことはできないのだ。なんと言っても、相手は伊賀の暴れン坊である。刀は絡《から》められても、腕は絡《から》められない。
 真綿のへばりついた長剣を、依然として下々段にかまえ、壁を背に、スーッと静かに伸び立っている。
 柳生流でいう、不破《ふわ》の関守《せきもり》……。
 やっぱり、この構えだけは破れない――と見えたのは、ホンの二、三|秒《びょう》でありました。なにしろ、この恐ろしい敵の手にある刀は、もう刀じゃなく、ステッキのようになってるんだから、そう用心することはありません。不知火の連中、一時に気が強くなった。
 もりあがる殺気に、四方のやみを裂いて数本の刃線が、一気に源三郎をおそった。呶《ど》号する峰丹波。同士討ちを注意する、あわただしい等々力十内の声……入りみだれる跫音と、胆にしみる気合いと。右から左から、前からうしろから、ただ一人を斬りに斬った。
「えェイッ! これでもかっ!」
「さ、この一太刀で冥途《めいど》へ行けっ!」
「これが引導だっ!」
「おいっ、とびちがえては危い。一人ずつかかれっ!」
「ア痛《いた》っ! 誰かの斬っ尖が、おれの指にさわったぞ」
 だらしのないことを言うやつもある。黒闇闇裡《こくあんあんり》――聞こえるのは、不知火連のかけ声だけ、閃めくのはその一党の剣光のみ。
 源三郎は、音《ね》もたてない。この刀林の下、いかな彼もたまるまい。すでに膾《なます》にきざまれたに相違ないのだ。
 と! この時です。廊下《ろうか》のほうからこの部屋へ、ぽっと、一|道《どう》の明りがさしてきて、
「まあ、お前たち、しばらくお待ちったら! しばらく――」
 意外、この場の留め女が、お蓮様とは!

       三

 ただでは刃向かえぬ手ごわいやつをやっと謀略でおびきよせて、せっかく殺しかかったこの仕事なかばに、自分でここへ出て来て止めるとは!
 と、丹波をはじめ一同は、いぶかりながらも、とにか
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