れて、きょうの幸運児になろうと眼の色変えて押すな押すなの騒ぎだ。
 ここへ馬を乗りいれた源三郎をめがけて、銭撒《ぜにま》き役《やく》の峰丹波、三|方《ぽう》ごと残りのお捻りを投げつけたのだが、偶然源三郎のつかんだ一つが、その、万人のねらう萩乃のお墨《すみ》つきでありました。
 入場切符みたいなもの――招かざる客、伊賀の暴れン坊は、こうしてどんどん焼香の場へとおってしまった。
 出《で》る仏《ほとけ》に入《はい》る鬼《おに》。
 きょう故先生の御出棺の日に、司馬道場、とんだ白鬼を呼びこんだもので。
「おくればせながら、婿源三郎、たしかに萩乃どのと道場を申し受けました。よって、これなる父上の御葬儀は、ただいまよりただちに喪主として……」
 源三郎のりっぱな挨拶に、室内の一同、声を失っている。あの恋する植木屋と、見ずに嫌いぬいてきた伊賀の若殿とが、同一人であることを知った萩乃の胸中、その驚きとよろこびは、どんなでしたでしょうか。

   娘《むすめ》ひとりに婿《むこ》八人(発端篇)

 こけ猿の茶壺は、まだ橋下の左膳の掘立小屋にある――と、にらんでいるらしく、いま四方八方からねらって毎夜のように壺奪還の斬り込みがある。
 君《きみ》懐《なつか》しと都鳥《みやこどり》……幾夜かここに隅田川《すみだがわ》。
 その風流な河原も、今は血《ち》なまぐさい風が吹きまくって。
 柳生|藩《はん》の人達は、江戸で二手に別れて、壺をはさみ撃《う》ちにしようというのです。日光御造営に大金のいる日は、刻々近づいてくる。早くこけ猿をさがしだして、その秘める埋蔵金の所在《ありか》を解かねば、殿は切腹、お家は四散しても、追っつくことではない。一同、火を噴かんばかりにあせりきっています。
 押しかけ婿、源三郎の供をして、妻恋坂へ乗りこんだ連中は、柳生一刀流師範代|安積玄心斎《あさかげんしんさい》、谷大八ら、これは壺を失った当の責任者ですから、まったくもう眼の色かえて左膳の手もとをうかがっている。
 問題の壺を源三郎に持たしてよこしたあとで、日光おなおしが伊賀へ落ちて、とほうにくれている時、お茶師《ちゃし》一風宗匠《いっぷうそうしょう》[#ルビの「いっぷうそうしょう」は底本では「いっぷうそうしゅう」]によって初めてこけ[#「こけ」に傍点]猿の秘密が知れたのだ。こけ猿さえ見つけだせば、その中に隠してある秘図によって、先祖のうずめた財産を掘りだし、伊賀の柳生は今までの貧乏を一時にけしとばして、たちまち、日本一の大金持になってしまう。日光なんか毎年重なったって、ビクともするこっちゃない。ところが、そのかんじんのこけ猿が行方《ゆくえ》知れずというんだから、こりゃアあわてるのも、それこそ、猿の尻尾に火がついたように急《せ》くのも、無理ではございません。
 イヤ、行方が知れないわけじゃアない。
 丹下左膳という隻眼で一本腕のさむらいが、シッカと壺をにぎって放さないことは、与吉の注進で、まず司馬道場の峰丹波とお蓮様の一派に知れた。司馬の道場に知れれば、そこにがんばって日夜互いにスパイ戦をやっている源三郎の同勢には、すぐ知れる。
 同時に。
 柳生《やぎゅう》の里から応援に江戸入りした高大之進《こうだいのしん》を隊長とする一団、大垣《おおがき》七|郎右衛門《ろうえもん》、寺門一馬《てらかどかずま》、喜田川頼母《きたがわたのも》、駒井甚《こまいじん》三|郎《ろう》、井上近江《いのうえおうみ》、清水粂之介《しみずくめのすけ》ら二十三名の柳門《りゅうもん》選《え》り抜きの剣手は、麻布本村町《あざぶほんむらちょう》、林念寺前《りんねんじまえ》なる柳生の上屋敷を根城に、源三郎の側と連絡をとって、これも、夜となく昼となく、左膳の小屋にしたいよる。
 隻眼隻腕の稀代の妖剣、丹下左膳――しかも、その左腕に握っているのは、濡れ紙を一枚|空《くう》にほうり投げて、落ちてくるところを見事ふたつに斬る。その切った紙の先が、燕の尾のように二つにわかれるところから、濡れつばめの名ある豪刀……剣鬼の手に鬼剣。
 この左膳の腕前は、誰よりも源三郎が一番よく知っているところであります。
 伊賀の暴れン坊が、一|目《もく》も二|目《もく》もおくくらいだから、まったく厄介なやつが壺をおさえちゃったもンだとみんないささか持てあまし気味。
 峰丹波の一派、源三郎、玄心斎の一団、高大之進の応援隊と、一つの壺をめがけて、あちこちから手が伸びる――娘ひとりに婿八人。
 おもしろずくで相手になっていた左膳も、ちょっとうるさくなりかけたやさき。
 ある日……。
 前夜の斬りこみで破られた小屋の筵《むしろ》壁を、背にポカポカと陽をあびながら左膳がつくろっていますと、ビュウーン! どこからともなく飛んできて、眼の前の筵に突き刺さった
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