かの、隻眼隻腕の刃妖《じんよう》、丹下左膳を迎えに。
思いきり人が斬られる……と聞いて、おどりあがってよろこんだのは、左膳だ。しばらく人血を浴びないで、腕がうずうずしているところへ、しかも相手は、西国にさる者ありと聞いた伊賀の若様、柳生源三郎!
「イヤ、おもしれえことになったぞ」
相模大進坊《さがみだいしんぼう》、濡《ぬ》れ燕《つばめ》の豪刀を、一つきりない左腕ににぎった丹下左膳、与吉のさわぎたてるまま辻駕籠に打ち乗って――。
ホイ、駕籠! ホイ!
棒鼻《ぼうはな》におどる提灯……まっしぐらに妻恋坂へかけつけました。この時の左膳は、理由《わけ》なんかどうでもよい、ただ柳生流第一の使い手と、一度刃を合わせてみたいという、熱火のような欲望に駆られて。
行ってみると、おどろいた!
丹波と源三郎は、まだ二本の棒のように、向かいあって立ったままだ。丹波は正眼、源三郎は無手。と! すっかり気おされて、精根がつきはてたものか、峰丹波、朽ち木が倒れるように堂《どう》ッと地にのけ[#「のけ」に傍点]ぞってしまった。
刀痕の影をきざませて、ニッと微笑《わら》った左膳。
「なかなかやるのう。かわりあって、おれが相手だ」
もとより、なんの恨みもない。斬りつ斬られつすべき仔細《わけあい》は、すこしもないのだ。ただ、剣を執る身の、やむにやまれぬ興味だけで、左膳と源三郎、ここに初めて真剣の手合せ――まるで初対面の挨拶のように。
源三郎は、意識を失った丹波の手から、その一刀をもぎとって、柳生流独特の下段の構え。
丹波の身体は、与吉が屋内へかつぎこんだ。
この騒動に、お庭をけがす狼藉者《ろうぜきもの》とばかり、不知火の門弟一同、抜きつれて二人をかこむ。名人同士の至妙な立合いを、妨げられた怒りも手伝い、左膳と源三郎、こんどは力をあわせて、この司馬道場の連中を斬りまくることとなった。
ちょうどこの時、奥まった司馬先生の病間では……。
出る仏《ほとけ》に入る鬼《おに》(発端篇)
「おうッ! 不知火《しらぬい》が見える! 生れ故郷の不知火《しらぬい》が――」
これが最後の言葉、司馬老先生は、とうとう婿の源三郎に会わずに、呼吸をひきとってしまった。庭で、左膳と源三郎に剣林を向けていた弟子達は、いっせいに刀を引いて、われがちに先生の臨終に駈けつける。
急に邸内がざわめいて、あかあかと灯がともったと見る間に、サッと潮のひくよう、囲みの人数がひきあげて行くから、左膳と源三郎、狐につままれたごとき顔を見合わせ、
「烏《からす》の子が、巣へ逃げこみおった。何が何やら、さっぱりわからぬ、うわははははは」
そのとき……。
ツーイと銀砂子《ぎんすなご》の空を流れる、一つ星。
「あ、星が流れる――ウウム、さては、ことによると老先生がおなくなりに……し、しまった!」
刀を納《おさ》めた源三郎へ、左膳は、
「あばよ」
と一|瞥《べつ》をくれて、
「星の流れる夜に、また会おうぜ」
一言残して、そのままズイと行ってしまった。
勝負なし……さすがの左膳も、この柳生源三郎に一太刀浴びせるには、もう一段、腕の工夫が必要と見たに相違ない。
このおれと、ほとんど対等に立ちあうとは、世の中は広いもの――かれ左膳、ひそかに心中に舌を巻いたのです。
一方、品川の旅宿《はたご》へ立ち帰った源三郎は。
こけ猿の茶壺は手になくとも、もはや一刻の猶予《ゆうよ》はならぬと、急遽供をまとめて本郷の道場へ乗りこんできた……あられ小紋の裃《かみしも》に、威儀《いぎ》をただした正式の婿入り行列。
ちょうどこの日、妻恋坂では、伊賀の暴れン坊を待ちきれずに死んだ、司馬十方斎の葬儀。
その威勢、大名をしのいだ、不知火流の家元のおとむらいですから、イヤその盛大なこと。
白黒の鯨幕《くじらまく》、四|旒《りゅう》の生絹《すずし》、唐櫃《からびつ》、呉床《あぐら》、真榊《まさかき》、四方流れの屋根をかぶせた坐棺《ざかん》の上には、紙製の供命鳥《くめいちょう》をかざり、棺の周囲には金襴《きんらん》の幕……昔は神仏まぜこぜ、仏式七分に神式三分の様式なんです。
この日、門前にひしめく群集に撤銭《まきせん》をするのが、司馬道場の習慣《しきたり》だった。当時、江都《こうと》評判の不知火銭《しらぬいぜに》というのは、これです。
その、山のように撒くお捻《ひね》りのなかに、たった一つ、道場のお嬢様|萩乃《はぎの》の手で、吉事ならば紅筆《べにふで》で、今日のような凶事《きょうじ》には墨《すみ》で、御礼《おんれい》と書いた一包みの銭がある。これを拾った者は、お乞食《こも》さんでも樽拾《たるひろ》いでも、一人だけ邸内へ許されて、仏前に焼香する資格があるのだ。われこそはその萩乃のお墨つきを手に入
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