を埋《うず》め隠してあると知れて、一|藩《ぱん》は蘇生《そせい》の色に、どよめき渡った。
 あの愚楽老人の言ったことは、やっぱり嘘じゃあなかったんです。其金《それ》さえさがしあてれば、柳生は貧乏どころか、日本一の富裕《ふゆう》な藩になるだろう。
 が、その大金の埋蔵個所は、ただ一枚の秘密の地図に描《えが》き示してあるだけで、誰も知らない。
 では、その密図は――?
「こけ猿の茶壺に封じこめあるもの也《なり》」
 口のきけない一風宗匠、筆談で答えた。
 さあ、たいへん! よろこんだのも束の間、問題のこけ猿の茶壺は、弟源三郎の婿引出に持たしてやって江戸で行方不明……
「名器は名器にしろ、あの薄《うす》ぎたない茶壺が、柳生家門外不出の逸品《いっぴん》と伝えられていたのは、さては、そういう宝の山の鍵がおさめられてあったのか。そうとも知らず――」
 と、地団駄《じだんだ》踏んでも、あとの祭。さっそく、藩士の一隊が決死の勢いで、壺探索に江戸へ立ち向かう。
 妻恋坂、司馬道場《しばどうじょう》の峰丹波はこのこけ猿の秘密を知っているに相違ない。お婿さんの源三郎には来てもらいたくないが、壺には来てもらいたいので、ああして鼓の与吉を使って盗みださせたのも道理こそ……。
 幾百万、幾千万という大財産の在所《ありか》を、そのお腹《なか》ン中に心得てる壺だ。
 そろそろ、四方八方からの眼の光り出したこけ[#「こけ」に傍点]猿……それは今、どこにある?
 浅草《あさくさ》は駒形《こまがた》の兄哥《あにい》、つづみの与吉とともに、彼の仲間の大姐御《おおあねご》、尺取り横町の櫛巻《くしまき》お藤《ふじ》の意気な住居に、こけ猿、くだらないがらくたのように、ごろんところがっているんです。
 口あれど、壺に声なく――。

   俺あ丹下左膳てえ者《もん》だ(発端篇)

 ヒュードロドロドロ……青いお江戸の空に、鳶《とび》が輪を描いています。
 ばかにいいお天気。
「姐御、もうでえぶほとぼりの冷めたころだから、あっしアこれから、品川であの柳生源三郎の一行から盗みだしたこの壺を、妻恋坂の峰丹波様へ納めてくるぜ」
「チョイト、張り板が裃《かみしも》を着たような、ヤに突ッぱった田舎のお侍さんたちが、眼の色かえて江戸じゅう、そいつを探しているっていうじゃないか。与の公、大丈夫かえ」
「止めてくれるな、出足がにぶるってんだ。思いついたが吉日でえ」
 勢いよく壺の箱を抱えて、とびだした与吉だったが、途中で与の公、壺の中が見たくなった。
「源三郎には用はないが、その持っておるこけ猿の壺には、当方において大いに用があるのだっ! 必ずともに壺を盗みだしてこいヨ。よいかナ」
 そう、峰の殿様はすごい顔で、厳命したっけ。よウし! なにが入《へえ》ってるか、一つ見てやれ――と与吉は、本郷への途中、壺を開きかけると、あ! いけねえ!
 言わないこっちゃアない。ちょうど向うを通りかかっていた、柳生の侍の一団が、この時与吉を見つけて、ドッ! と雪崩《なだれ》をうって迫ってきました。
 あわてた与吉、かたわらに荷を出していたところてん[#「ところてん」に傍点]屋の小僧、チョビ安という八つばかりの少年に壺を預《あず》けて、お尻《しり》に帆上げて逃げだした。イヤ、その早いこと、早いこと! グルッとそこらを一まわりして、伊賀の連中を晦《ま》いてから、ノホホンと元のところへ来てみると、与の公、二度びっくり!
 今度はそのところてん[#「ところてん」に傍点]屋の小僧チョビ安が、壺をかかえてドンドン逃げていくではないか。
「小僧! 待てエッ! 待てエッ!」
 与吉は必死に追っかける。チョビ安少年は、その壺の包みに、何か素晴らしいものでもはいっていると勘違いしているらしく、一生懸命にすっ飛んでいきます。
 逃げるほうもよく逃げたが、追うほうもよく追った。三味線堀《しゃみせんぼり》は佐竹右京太夫様《さたけうきょうだゆうさま》のお上屋敷、あれからいたしまして、吾妻橋《あづまばし》の袂といいますから、かなりの長丁場《ながちょうば》。
 チョビ安、どんどん駈けながら、
「泥棒だアッ、助けてくれえ!」
 大声をはりあげる。これにはさすがの与の公も、子供ながら上には上があると、あきれている。
 とたんに、チョビ安の姿がふっと消えた。橋下の河原へとびおりたんです。つづいて与吉も、橋|桁《げた》の下へもぐりこんでみると、そこに、浮き世をよその蒲鉾《かまぼこ》建ての乞食小屋。
 チョビ安、えらいところへ逃げこんだもので……筵《むしろ》の垂れをはぐって、与吉が顔をさし入れて見ると!
 薄暗い中にむっくり起きあがったのは、なんと! 大たぶさがバラリ額にかかって、隻眼片腕の痩《や》せさらばえた浪人姿――。
 箒《ほうき》のような赤茶《
前へ 次へ
全136ページ中80ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング