っていた峰丹波の手から、何やら、長めの手拭いとも見える白い布ぎれが飛んで、ちょうど振りかぶっていた源三郎の刀へ、キュッと、ふしぎな音して捲きついたのです。
六
しゅウッ! と異様な音を発して、空《くう》をさいて峰丹波の手から、生あるごとく流れ出て源三郎の長剣に、捲きついたもの。
ふたりを斃《たお》し、いま三人めをねらって、大きく刀をかぶっていた源三郎は。
ぐっと手もとに、かすかな重みの加わったのを知ると同時に。
何かしら、かたなを背後へひかれるような気がした。
変なじゃまものに、刀をしばられた感じ――。
オヤ! と思いました。
それとともに、
いま水粒がぱらっと飛んで、刀もつ手から自分の首すじへかけて、かすかにとばっちりをうけたのを意識した。
丹波はそれなり壁ぎわへ飛びすさって、一刀を平青眼……。
じっと闇黒《やみ》をすかして源三郎のようすを、見守っている。
刹那のしずかさ。
岩淵達之助《いわぶちたつのすけ》、等々力《とどろき》十|内《ない》、ほか大勢も。
呼吸《いき》をのみ、うごきを制しあって、くらい中に源三郎の立ち姿を見つめていますと。
源三郎、金《かな》縛りにあったようにそのままの姿勢です。
この得体の知れない出来ごとに眉をひそめ、小首を捻って、とっさの判断に苦しむようす。
無理もない……。
いまも柄を握る源三郎の両手に、何かは知らず、うす気味わるい冷たい液体が、ジクジクしたたり落ちている。
闇の中で見えませんから、このつめたい液体がなんだかひどく不吉なものに感じられて、これがとっさに、源三郎の心理におよぼす影響は、決して小さくありません。
「ウヌ……!」
と源三郎、うなりながら、刀をひきおろしてみた。
刻一刻、重味の加わるような気のするその刀――。
「小細工を……」
剣林のまんなかですから、八方に気をくばりつつ、伊賀の若様、片手の指をその刀身に触らせて調べてみると!
「ナ、なんだ、これあ※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
べっとりと冷たく濡れたものが、刃をつつむようにからみついて、キリキリと締めつけている。
除《と》ろうとしても、急にはなれやしない。
「真綿でござるよ、アハハハハハ」
かたすみから、笑《え》みをふくんだ峰丹波の声が流れて、
「濡らした真綿――オイソレとは取れぬもの。まず、そのお刀はお捨てめされ!」
まったく。
ドブリと水に漬けた、ほそ長い真綿なのだ。あつかうには、特別の術と習練を要する。水をふくませた真綿を、たくみに投げて、敵の刀を捲きつかせれば、適度な重味をあたえられた真綿のきれは、それ自らの力で小蛇のごとく、グルグルッとたちまち刀身ぜんたいにからみついて、水で貼りつき、綿でもつれて、ちっとやそっとのことでは取ろうたってとれない。
どんな利刃も、即座に蒲団を被《き》て、人を斬るどころか、これじゃあ丸太ン棒よりも始末がわるい。源三郎、ギリッと歯をかんだ。
[#改ページ]
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作者記 これまでのところを、先へすすむ前に、ちょっとここで整理いたします。本来ならば、お蓮様《れんさま》の寮で柳生源三郎が剣豪|峰丹波《みねたんば》一党にとりかこまれ、くら闇《やみ》の中に命《いのち》と頼む白刃《はくじん》を濡《ぬ》れ真綿《まわた》でからめられた「源三郎の危機《きき》」から稿《こう》をつづけるべきですが、更始一新《こうしいっしん》の気持でここへこの「発端篇《ほったんへん》」をさし加えます。
[#ここで字下げ終わり]
耳《みみ》こけ猿《ざる》(発端篇)
「触《さわ》るまいぞえ手を出しゃ痛い、伊賀の暴れン坊と栗のいが」
五本骨の扇《おうぎ》、三百の侯伯《こうはく》をガッシとおさえ、三つ葉葵《ばあおい》の金紋六十余州に輝いた、八代吉宗といえば徳川もさかりの絶頂です。
そのころ、いま言ったような唄が流行《はや》った。
唄の主《ぬし》――。
伊賀の暴れん坊こと、柳生源《やぎゅうげん》三|郎《ろう》は、江戸から百十三里、剣術大名|柳生対馬守《やぎゅうつしまのかみ》の弟で、こいつがたいへんに腕《うで》のたつ怖《おっか》ない若侍。
美男《びなん》で非常な女たらしだ。ちょいと不良めいたところのある人物だったんです。
江戸へ婿入りすることになりまして、柳生家|重代《じゅうだい》のこけ[#「こけ」に傍点]猿《ざる》の茶壺《ちゃつぼ》、朝鮮渡来《ちょうせんとらい》の耳《みみ》こけ猿《ざる》という、これは、相阿弥《そうあみ》、芸阿弥《げいあみ》の編した蔵帳《くらちょう》にのっている、たいそう結構な天下の名器だ。それを婿引出に守って、伊賀の源三郎、同勢をそろえて品川までやってきた。
ところが、その夜。
八ツ山下の本陣
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