沈たる夜気がこって、鼓膜《こまく》にいたいほどの静寂。これは、声のない叫喚だ。呶号《どごう》をはらむ沈黙だ。
かくてははてしがない――と見た不知火剣士の一人、つぎの間から壁越しに、ここらに源三郎がいると思うあたりへ、グザッ! 柄も通れとばかり刀を突っこんだ。と、見事な京壁、稲荷《いなり》と聚楽《じゅらく》をまぜた土が、ジャリッ! と刃をすり、メリメリッと細《ほそ》わりの破れる音!
同時に、
「うわアッ……!」
とのけぞる源三郎の叫声《きょうせい》。つづいて、
「痛《つ》ウ――!」
と低くうめくのは、さすがの源三郎横腹の深傷《ふかで》をおさえて、よろめくようす……わが隠れている壁から、ふいに繰り出された一刀で、源三郎、脇腹から脇腹へ、刺し貫かれたとみえる。
「ウーム、苦しい! 卑怯だっ! 正面から来いっ!」
血を吐くような源三郎の声が聞こえた秒間《びょうかん》、しすましたりと、こなたは丹波を先頭に、ドッ! と唐紙を蹴倒して、雪崩《なだれ》こみました。
煽《あお》りをくらった灯が、消えなんとして、ぱッと燃えたつ。
と! どうです。
畳にころがって、のたうちまわってでもいるかと思った源三郎、部屋の隅にスウッと伸び立って、思いきり斬《き》っ尖《さき》をさげた下々段の構え――薄眼をあいて、ニヤニヤ笑っているじゃアありませんか。
「ははア、御苦労。やっと姿を現わしたナ」
と言ったものです。血なんか流れてもいないどころか、この下々段のかまえたるや柳生流でもっとも恐ろしいとなっている不破《ふわ》の関守《せきもり》という刀法……不破《ふわ》、他流にはちょっと破れないんです。
それと、ピタと向きあってしまった。このもっとも避けていた場面に立ちいたった峰丹波、もう面色蒼ざめて、
「おのおの方、御用心、御用心!」
かすれた声で叫びました。
五
かつて植木屋の若い者に化けて、道場へはいりこんだこの柳生源三郎と……。
峰丹波、いつか真剣の手合せをして、不動のにらみあいに気力で圧倒されたあげく、意気地なくも、フワーッとうしろへブッ倒れて、何も知らずにこんこんと眠ってしまったことがある。
意気地なくも――とはいうものの、あの時、あの庭の隅で、相青眼《あいせいがん》にかまえたままのにらみあいは、いまから思うと、まるで永遠のように長かった。そのうちにかれ丹波、一刀を動かさず、一指をも働かせずに、ズウンと気がとおくなって、土をまくらにしてしまったのです。意識をとり戻したときは、身はすでに座敷へ運び入れられて、医者よ、薬よ……という面目ない騒ぎ。
決して丹波が弱いんじゃない、源三郎が強過ぎるので。
あの時のことは、丹波一代の不覚――いま思いだすと、暗いところに独りでいても、カッカと耳が熱くなるくらい。
が、相手の腕前はこれで十二分に知っていればこそ、丹波、今まで自重に自重をかさねて、策をめぐらしてきたのだ。
なみたいていのことで立ち向かっては、だれが出ても、とうてい敵《かな》いっこない……だから、苦心惨澹して、やっとここまでおびきだしたのに――。
それなのに!
やっぱり、いけない!
みごとに裏をかかれて、今この、刀を持った源三郎と、こうしてこの狭い部屋で、面《めん》と顔をあわせることになってしまった。
まるで獅子の檻《おり》へ、じぶんから飛びこんだも同然で……こりゃア丹波、あわてるなといっても、無理です。
しかし、こっちは人数が多い。あたま数で押して、遮《しゃ》二|無《む》二討ちとってしまおうと、自分はすばやく岩淵達之助《いわぶちたつのすけ》のうしろへまわって、
「かかれっ! かかれっ!」
声だけはげましたが、誰だって斬られるのはあまり好きじゃない。一同。しりごむ気配が見えた時……。
「キ、気の毒だが――」
弁解《いいわけ》のようにうめいた伊賀のあばれン坊、不破《ふわ》の関守《せきもり》の構えから、いきなり、身を躍らせると見せておいて……とりまく剣陣のさわぐすきに、近くの一人へ、横薙《よこな》ぎの一刀をくれた。
遠くを攻めると見せて、近くを払ったのだ。
肉を斬り、骨を裂くものすごい音とともに、そいつは、持っていた刀を手放し、空気をつかんで、※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》ッ! と畳を打つ。
とたんに。
誰かの裾が燭台をあおって、フッと灯が消えた。
闇黒――のどこかに、戸外の夜光がウッスラ流れこんで、白いものが白く見えるだけのうすあかり。
一同は、言いあわしたように、さっと壁ぎわに身を沈めた。手に手に、白い棒とも見える抜刀を低めて。
同時に、また一人の叫声《きょうせい》が走ったのは、源三郎の剣、ふたたび血を味わったらしい。
すると、この瞬間です! 源三郎の横手に立
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