謝すべき雨風だ」
ニコリともしない源三郎の蒼顔に、お蓮様は、平然たる眼をすえて、
「あら、では、この雨の中を、わざわざお訪ねくだすったというわけではないんですのね」
と、チラリと門之丞に視線を投げた。
膝に手を置いた源三郎の肘《ひじ》が、角張った。
「わざわざお訪ねするのでしたら、こう簡略にはまいりません。なんのお手土産《みやげ》もなく」
皮肉に、
「供もこれなる三人きり……まず、煮て食おうと焼いて食おうと、ここはそちらのごかってでござろうかな、ハハハハハ」
「ちょっと風邪《かぜ》心地でございましてね」
とお蓮様は、まるで親しい人へ世間話でもするように、
「この四、五日、こっそりこちらへ養生にまいっておりました」
「それはいけませぬ。それで、もう御気分はよろしいのですか」
「はあ、ありがとう。もうだいぶいいのです」
「し、しかし、もう御養生の要も、あるまいと存じますが……」
「ええ、もうこんなによくなったのですから、ほんとに、養生の要もありません。近いうちに本郷のほうに帰ろうかと、思っていたところでございますよ」
「いや!」
と、源三郎のつめたい眼が、真正面からお蓮様を射て、
「いや、私が養生の必要がないと申したのは、そういう意味ではござらぬ。もう、母上……さればサ、今まで母上と思っていましたからこそ、手加減をいたしておりましたが……もはや母上と思わず、ここでお目にかかったのを幸い、お命をいただくことにきめましたによって、しかる以上、もう御養生の要もござるまいと、かように申しあげたので――」
ニッコリしたお蓮様は、
「このあたしがあなたの母では、たいへんなお婆さんのようで、あんまりかわいそうですよ、ほほほほほ。ですから、あなたももう母と思わずに、斬るというんでしょうが、なら、そこが相談ですよ、源様。おや! こちらにこわい顔をした人が、三人も並んでいては、お話がしにくいけれど、ホホホホホ……」
「退《さ》げましょうか」
源三郎の言葉に、玄心斎と大八は、懸命に眼くばせして、死んでもこの座を起たない申しあわせ。
少女のように、恥じらいをふくんで笑い崩れたお蓮様。
「いえ、誰がいても、思いきって言いますけれど、ねえ、源さま、いつかのお話は――」
「ナ、なんです、いつかの話とは?」
「あたしとしては、あなたが道場のお跡目《あとめ》になおるに、なんの異存もございませんけれど、ただ、そのお婿さんの相手が、あの萩乃ではなく、このあたしでさえあれば――」
「またさような馬鹿馬鹿しいことを!」
「でもね、源三郎さま、いま此寮《ここ》には、不知火流の免許取りばかりが、十五人ほどいっしょに来ているんでございますよ。よくお考えにならなければ、御損じゃないかと……」
「フン! その十五人が、またたくまに、一人もおらんようになりましょう。ついでに母上、あなたも……」
言いながら源三郎は、今はじめて、夕陽《ゆうひ》に輝く山桜のような、このお蓮様の美しさに気がついたように、眼をしばたたいたのでした。
二
「とにかく、母上――」
言いかける源三郎を、お蓮様は、ヒラリと袂を上げて、打つような手つきをしながら、
「まあ! その母上だけは、どうぞ御勘弁を、ほほほほほ」
「いや、拙者にとっては、あくまで母上です」
と源三郎は、鯱《しゃち》が鉛《なまり》を鋳込《いこ》まれたように、真っ四角にかたくなって、
「おっしゃりたいだけのことを、おっしゃってください。うかがいましょう」
と、横を向く。
若い蒼白な美男、源三郎――剣の腕前とともに、女にかけても名うての暴れ者なのだが――。
このお蓮様の顔を前にしていると。
その、黒水晶を露で包んだような瞳のおくへ、源三郎、ひきこまれるような気がするのだった。白いほおのえくぼは、小指の先の大きさでも、大《だい》の男を吸いこむだけの力はある。彼がしきりに母上、母上と呼ぶのは、そうでも言って絶えず自分の心に枷《かせ》を加えようという気持なので。
お蓮様の視線を避けて、くるしそうに首をめぐらした源三郎の眼の前に、玄心斎、谷大八の二人は、今にも、スワ! と言えば膝をたてそうに、おっとり刀の顔。ふたりに挟まれた門之丞は、これはまた心ひそかに、何かの成算を期するもののごとく、腕を組み、眼をつぶって、じっと天井をふりあおいでいる。
暴風雨《あらし》の音は、すこし弱くなった。寮のなかはシンとして、十何人もの荒らくれ男が、別室にひそんでいるとは思われないしずかさ。
その静寂のなかに、かすかにすすり泣きの声が聞こえて、源三郎はぎょっとして、あたりを見まわしたが……。
見まわすまでもなく。
その泣き声の主はお蓮さま――何か急に思い出したように、彼女は襦袢《じゅばん》の袖を引き出してしきりに眼へ当てな
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