のとりまきども――」
「おいっ!」
 と大八が門之丞へ、
「どうしてお止め申さぬ。貴公には、この、無手で敵地に入るような危険が、わからぬのかっ?」
 ところが、門之丞はけろりとして、
「お止め申したとて、おとどまりになる若ではござらぬワ」
「と申して、貴公はさながら、手引きをするがごとき言動――奇ッ怪だぞ、門之丞!」
 いきおいこんだ谷大八も、もう大きな声を発することはできないので。
 いつのまにか一行は、客人大権現《まろうどだいごんげん》の境内へはいって、司馬の寮の前へ来てしまっているのだった。
 争う時は、過ぎた。もはや、ここまで来た以上、主従四人一体となって、これから起こるどんな危機にも面《めん》しなければならぬ。
 蛇が出ても……。
 鬼がとびだしても。
 草屋根の門ぎわに、いっぱいの萩の株が、雨にたたかれ、風にさわいで、長い枝を地《つち》によごしている。
 古びた杉の一枚戸を、馬をおりた門之丞が、ホトホトとたたいて、
「頼《たの》もう! おたのみ申す……」
 中からは、なんの応《こた》えもない。草を打つ雨の音が、しずかに答えるばかり――源三郎がせきこんで、
「かかかかまわぬ。押しあけて通るのじゃ……」
 と呻いたとき、ギイと門内で、閂《かんぬき》をはずすけはいがした。

       八

 くぐりをあけたのは等々力十内で……。
「お、これはようこそ――」
 と、待っていたように言いかけたが、すぐ気がつき、
「これはお珍しい! どうしてわたしどもがここにまいっていることを、ごぞんじで?」
 急ぎ口を入れたのが、門之丞です。
「ごらんのとおり、遠乗りにまいられたのだが、にわかの吹き降りに当惑いたし、これなる森かげにかけこんでみれば、この一軒家……ホホウ、道場のお歴々《れきれき》が、この寮にまいっておられるのか。それはわたしどもはじめ、殿もごぞんじなかった次第で」
 なんとか辻褄《つじつま》をあわせているうちに。
 そんなことは意に介しない源三郎。
 きょうはいよいよ、邪魔だていたすお蓮様と丹波の上に、柳生一刀流の刃が触れると思うから、単純な伊賀の暴れン坊、自然に上機嫌です。
 まるで、いつもの憂鬱な彼とは、別人のよう……。
 若さと、華《はな》やかな力とを満面に見せて、その剃刀《かみそり》のように蒼白い顔を、得意の笑《え》みにほころばせながら――。
 ヒラリ、馬をおりるが早いか、まごつく十内を案内にうながしたてて、そのまま庭の柴垣にそって、雅《みや》びた庭門をあけさせ、飛石づたいに庵《いおり》のほうへと、雨に追われるように駈け込んでいきます。
 つづく玄心斎、谷大八も、自分達がついていて、若殿の身に何事かあってはたいへんだから、馬を木蔭へつなぐのも一刻を争い、門之丞の横顔をにらみつつ、小走りに源三郎のあとを追った。
 繰り残した雨戸の間《あいだ》から、庭に面した奥座敷に招じあげられた源三郎、見まわすとそこは、落ちついた風流《ふうりゅう》な部屋で、武芸者の寮とは思われない、静かな空気が流れている。
 誰もいません。
 源三郎は、むんずと床柱を背にすわって、腕組みをしました。顔に見覚えのある、司馬の門弟の少年が一人、褥《しとね》、天目台《てんもくだい》にのせた茶などを、順々に運び出てすすめたのち、つつましやかにさがってゆく。
 火燈《かとう》めかした小襖が、音もなくあいた。
 さやかな絹ずれの音とともに、あられ小紋の地味な着付けのお蓮様が、しとやかにはいってきた。
 二人は、無言のまま、チラと顔を見合った。切り髪のお蓮様は、いたくやつれているように見えるものの、その美しさはいっそうの輝《かがや》きを添えて、見る人の心に、いい知れぬ憐れみの情を喚び起こさずにはおかないのでした。
 横手に並ぶ玄心斎、門之丞、大八の三人には、会釈《えしゃく》もくれずに、源三郎と向かいあって座についたお蓮様は、白い、しなやかな指を、神経質らしく、しきりに膝の上で組んだり、ほごしたりしながらも、
「まあ、ひどい雨ですこと」
 思いついたように、戸外《そと》の庭へ眼をやり、
「この雨で、せっかくわたくしの丹精した芙蓉《ふよう》も、もうおしまいですね」
 と、笑った。雨になるか、風になるかわからない、この会合のまっ先に、お蓮様によって口火をきられた言葉は、これでした。
 お蓮様が尾のない狐なら、丹波はその上をゆく狸であろう。でも、それを承知で、こうして乗りこんで来た源三郎も、ただの狐ではありますまい。間に立って奇怪な行動の門之丞は、さしずめ小狸か……。
 沈黙がつづいています。

   上《うえ》には上《うえ》


       一

 源三郎が、言った。
「しかし、この暴風雨《あらし》のおかげです。きょうわたしがここへ来たのは――わたしにとっては、感
前へ 次へ
全136ページ中72ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング