まんをしてまいったが……ウム! この都離れた片ほとり、狐退治にはもってこいの場所だテ。おのれ、きょうというきょうは、かのお蓮と丹波を一刀のもとに、たたっ斬ってくれる」
蒼白な顔に、決意の笑《え》みを浮かべた源三郎、やおら馬をめぐらして、土橋を渡り、葛西領《かさいりょう》の四ツ木村のほうへと向かって行く。
玄心斎は、馬をいそがせて、
「若《わか》っ! 仮りにも老先生の御後室、婿のお身にとっては母上でござるぞ。斬り捨ててよいものならば、今までにもいくらも折りがありましたものを……あれほど無言の戦いを、そもそもなんのために今まで辛抱強く突っぱってこられたか。それを篤《とく》と御勘考のうえ、ここはひとまず思いとまられて、お返しください。おかえしください!」
「爺《じい》っ! 臆病風か」
「めっそうもござりませぬ。なれど、智謀には智謀をもって対し、隠忍には隠忍をもって向かう……お引っ返しくださいっ! 若っ!」
「十五人ほどの腕達者が、ひきそっておりますとのこと――」
谷大八の声は、横から風にうばわれてしまう。
雨はいよいよ本降りとなって、先頭の源三郎を、はばむがごとく濡らすのであった。
「暴風雨《あらし》じゃのう」
源三郎の白い歯が、チカリと光って、すぐあとにつづく門之丞を、振り返った。
五
客人大権現《まろうどだいごんげん》の境内、ずいぶん広い。
その一隅……生い繁る老樹のかげに、風流な柴垣をめぐらした一棟がある。
竹の濡れ縁に煙草盆を持ちだしていた司馬道場の御後室、お蓮様は、
「まあ、急にひどい吹き降りになって……」
びっくりするほどの若やいだ声で、笑いながら、被布《ひふ》の袂をひるがえして、屋内《おくない》へにげこんだ。
ドッ! と音をたてて、雹《ひょう》かと思うような大きな雨粒と、枯れ葉を巻きこんだ風が、ふきこんでくる。
「ほんとに、秋の空ほど頼りにならないものはない。朝はあんなに晴れていたのにねえ」
と、思い出したように、
「ああ、いつまでこんなところに待っていなくっちゃアならないんだろう。ほんとに、嫌になってしまう。だけど、道場のほうでは、私達のいないことを、うまく隠しているだろうねえ」
「それは大丈夫だと思います。かたく申しつけてまいりましたから――あなた様をはじめ、一同道場にいるようにつくろって、よもや、源三郎一派に気取《けど》られるようなことはあるまいと存じます」
峰丹波は、そう励ますように言いきって、自ら立って縁の雨戸を一、二枚繰り出した。
その音を聞きつけて、次の間から、岩淵達之助《いわぶちたつのすけ》、等々力《とどろき》十|内《ない》の二人が、あわただしく走りでてきて、
「おてずから、恐れ入ります」
「わたしがしめます」
「ことによると、きょうあたり、かの門之丞の案内で、まいこんでくるかも知れませぬぞ」
丹波は、急の暴風雨《あらし》に備える雨戸を、十内、達之助の二人にまかせてしめさせながら、自分は座にかえり、
「とにかく、門之丞をこっちへ抱きこんだのは大成功で……悪運がつきません証拠とみえますな、はははは」
お蓮様はおもしろくもなさそうに、
「でも、なんとかうまいことを言って釣りだしてくればいいけれど――あの門之丞だって、主人を裏切るような男だもの。ほんとにこっちについたのかどうか、すっかり仕事がすんでみなけりゃアわかりゃあしない。お前のように、そう頭から信用することもできないと思うよ」
「ナニ、あの門之丞だけは、大丈夫です。計画どおり、彼の手引きで源三郎を処分した暁は、大枚の金子とともに、あの萩乃様を……こういう約束でございますからな。萩乃様に首ったけの門之丞としては、色と欲の二筋道で――もうこっちのものです」
達之助と十内が、雨戸のあいだをすかして、別の間へしりぞいてゆく。どうせみんな同じ穴の狐ですから、二人に聞こえるのもかまわず、お蓮様と峰丹波は、高話です。閉《た》てのこした雨戸のすきから、縞のような光線がさしこむだけで、昼ながら、室内はうすぐらい。
ここは司馬家の寮なのですが、故先生が老病になられてから、何年も来たこともなく、手入れもしないので、それこそ、狐や狸の巣のように荒れはてている。
お蓮様が、何を考えてか、峰丹波、岩淵達之助、等々力十内ほか十五人ほどの腹心の弟子達をひきつれて、こっそりここへ来てから、もう五日あまりになります。毎日毎日、しきりに、何かを待っているようす……。
六
一面の裏田圃……上木下川《かみきねがわ》、下木下川《しもきねがわ》、はるかに葛飾《かつしか》の野へかけて、稲田の面《おもて》が、波のようにゆらいでいる。釣鐘堂《つりがねどう》、浄光寺《じょうこうじ》の森は、大樹の梢が風にさわいで、まるで、女が髪を振り
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