いじゃあなし、なんでしょうね」
「虫踊《むしおど》りなんですよ。虫踊りのお藤さんと、お安ちゃんですよ」
「虫踊り? 虫踊りとはなんでえ」
「オヤ、お前さんもずいぶん迂濶《うかつ》だねえ。いや江戸じゅうで評判の、尺取り踊りを知らないのかえ」
 ぱっと晴れあがった日和《ひより》です。町角に、近所の人達がひとかたまりになって、ワイワイ話しあっている。
 本郷は妻恋坂の坂下、通りのはるか向うから、粋な音じめの三味線の音が流れて来て、大小《だいしょう》二人の女の影が、ソロリソロリと、こっちへ近づいてくるのが見える。
「あの、ようすのいい年増《としま》のお藤さんと、十ばかりのかわいいお安ちゃんっていう女の子とが、組になってサ、お藤さんの三味線につれてお安ちゃんの持つ扇子の上で、尺取り虫がお前さん、踊《おど》りをおどるんだよ」
「へーイ! 尺取り虫が? そいつア見物《みもの》だ」
 ガヤガヤ言いあっているところへ、櫛巻きお藤と、お安ちゃんこと、チョビ安扮するところの女の子とが、ぶらりぶらり近づいてくる。
「サア、代《だい》は見てのお帰りだ」
「一つ、呼びとめて、その珍芸を見せておもらいしようじゃアねえか」
 街《まち》の人々にとりまかれた、お藤とチョビ安。
 お藤は、木綿の着物に赤い襷《たすき》をかけて、帯の結びも下目に、きりりとした、絵のような鳥追い姿。
 チョビ安の女装したお安ちゃんは、見ものです。
 肩上げをした袂の長い、派手な女の子の姿。小さな笠を眼深にかぶって、厚く白粉《おしろい》をぬったあどけないほおに、喰《く》い入るばかりの紅《べに》のくけ紐。玉虫色の唇から、チョビ安いい気なもので、もうすっかり慣れっこになっているらしく、
「小父《おじ》ちゃん、小母《おば》ちゃん、虫の太夫さんに踊《おど》らせておくれよ。そして、たんと思召しを投げて頂戴《ちょうだい》ね」
 みんなおもしろがって、
「さあ、やんな、やんな」
「お鳥目《ちょうもく》は、おいらがあとで集めてやらあ」
「毎度おやかましゅう」三味線の手を休めたお藤、
「ではお言葉にあまえまして、江戸名物は尺取り虫踊り……」
 チチチン! と、三味をいれて、
[#ここから2字下げ]
「尺取り虫、虫、
 尺取れ、寸取れ、
 足の先から頭まで、
 尺を取ったら命とれ……」
[#ここで字下げ終わり]
「太夫《たゆう》さん、御見物が多いけど、あがっちゃアいけないよ」
 言いながらチョビ安、手にしていた日の丸の扇をさっとひらいて、袂からとりだした小箱の蓋をひらき、そっとその扇の上へ放しだしたのは、お藤手飼いの尺取り虫が三匹。
 大事に、温かにして、押入れの奥で飼《か》ってきたのです。
 三味の音に合わせて、その三匹の尺|取《と》り虫が、伸びたり縮んだり、扇子の上で思い思いの方角に動くのが、見ようによっては、踊《おど》りとも見えて、イヤモウ、見物はわれるような喝采……。

   狐と狸


       一

 縁に立っている源三郎だ。
 柱によりかかって、じっと見上げているのは……空を行く秋のたたみ雲。
 あせっているんです、源三郎は。
 いつまでこうしていても、果てしがない――。
 実際そのとおりで、源三郎のほうとしては、あくまで道場は自分のものの気、祝言も式もないものの萩乃は己《おの》が妻の気……。
 それにひきかえ。
 お蓮と峰丹波の側では、道場はどこまでも自分達の所有の気。萩乃は源三郎の妻でもなんでもない気。したがって、縁もゆかりもない田舎侍の一団が、道場へ押しこんできて、したい三昧《ざんまい》の生活をしているものと認めている気。
 気と気です。
 気の対立。どっちの気が倒れるか、自分こそは勝つ気で、両方で根比《こんくら》べをする気。
 対立《たいりつ》の状態で、ここまでつづいてきましたけれど、性来気の短い源三郎としては、今まで頑張るだけでも、たいへんな努力でした。
 それがこの先、どこまでつづくか際限がないのだから、源三郎、いささかくさ[#「くさ」に傍点]ってくるのに無理はない。
 それも。
 積極的に争うなら、源三郎お手のもので、間髪を入れず処理がつくのですけれど、今の言葉でいう、いわばまア占拠……双方《そうほう》じっとしてねばる[#「ねばる」に傍点]だけだ。
 消極的な戦いだから、伊賀の暴れん坊、しびれをきらしてきた。畳《たたみ》を焼いて煖《だん》をとったり、みごとな双幅《そうふく》や、金蒔絵《きんまきえ》の脇息《きょうそく》をたたッこわしたり、破いたり、それを燃料に野天風呂をわかすやら、ありとあらゆる乱暴狼藉《らんぼうろうぜき》をはたらき、いやがらせの八方をつくして……。
 いま文句が出るか、今文句が出るかと。
 いくら待っても、先方はウンともスンとも言わない。
 渡り廊下でつづい
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