六
「オヤ! なんだい与の公、せっかくあたしが助けてやろうと思っているのに――」
いまの与吉の大声で、路地の跫音がいっせいに、この家《や》の表に集まって、ドンドンドン!
「あけろ、あけろ!」
「あけぬとたたッこわすぞ」
お藤姐御は、グッと癪《しゃく》にさわって、真剣な顔だ。
与吉を、にらみつけた。
「ごらん、馬鹿ッ声をはりあげるもんだから、雑魚《ざこ》が寄ってきたじゃないか!」
ピシャリ! 白い平手が空《くう》にひらめいて、与吉の頬に、大きな音がした。
姐御のビンタを食った与吉、こうなると、もう自棄《やけ》のやん八です。
駒形一帯にひびき渡るような濁声《だみごえ》をしぼって、
「戸外《そと》の旦那方ッ! 諸先生ッ! チョビ安をおさがしでござんすか、ここにおりやす。ここに逃げこんで……!」
「まあ、なんて野郎――!」
姐御は、もう一つ与吉の横面《よこつら》をはりとばして、胸ぐらをとって小突きまわしたが、その時はもう表の戸は、ぐいぐいあけられかかっている。
しばらく中から、戸をおさえてはみたものの、子供の力の詮《せん》すべくもなくもう諦めてしまってチョビ安は、
「なあに、ようがす、べつにとって食おうたア言うめえ」
落ちついたものです。相変わらずませた口をききながら、襟をあわせ、前をなおし、従容として捕えられるしたく、衣紋《えもん》をつくろっていると……パッ! 戸があいた。踏みこんできました、ドヤドヤと――。
黒装束に黒の覆面の伊賀の連中、懸命に左膳をくいとめている一人、二人を残して、高大之進を先頭に、こうしてチョビ安を追ってきたんだ。
子を取ろ子取ろ……壺よりも、まず子供をつかまえようという魂胆なので……。
子供は今や、鬼の手に――。
はいった土間に、チョビ安が両手を後ろに組んで立っているんですから、高大之進がいきなり手を伸ばして、
「小僧! 神妙にしろ」
お捕り方みたいなことをいって、ぐいと肩をつかもうとした瞬間、ピョイと上がり框《かまち》へとびあがったチョビ安、お藤の後ろへまわって、
「姉ちゃん! なんとかしておくれよ。この連中はあたいを捕えて、父上の持っている大事な壺と、とっかえっこしようとしてるんだからサ」
読めた! 人質にしようとしているんです、チョビ安を。
持って生まれた性分で、どうもよわいほうに味方したくなるんですから、お藤も因果な生れつき。
襟をつかんでいた与吉を、ドンと突っぱなした櫛巻きお藤の姐御、肩からずり落ちそうな半纏《はんてん》を、ひょいと一つ揺りあげながら、ぶらりと一歩前へ出て、
「吹けばとぶような長屋でも、一軒の世帯、あたしはここのあるじでございます。誰にことわって、この家へおはいりになりましたか。まず、それから伺いたいものですねえ」
七
無言です。
一同は、黒い影を重なりあわせて、押しあがってきました。
「なんです、土足でっ!」
お藤姐御の癇《かん》走った声も、耳にも入れない伊賀の連中……なんとか受け答えをすれば、お藤も、それに対していいようもあり、またその間に考えをめぐらして、とっさの策をたてることもできるのですが、黙っているんでは、さすがのお藤も相手ができない。
「この子に、指一本でもさわってごらん、あたしが承知しないよ」
金切り声でさけびながら、チョビ安を後ろにかばって、争ってみましたが、
「小僧っ、静かにしろっ!」
一人の手がやにわに伸びて、チョビ安の首根っ子をおさえると同時に、
「女、さわがせてすまんな」
高大之進の声です。静かにいって、つと、お藤姐御を後ろ手におさえてしまった。
与吉は?
と、見ると、こいつ、例によって逃げ足の早いやつで、あわてふためいて、戸外《そと》の闇へ……。
「チョビ安とやら申したな。貴様をとらえて、斬ろうの殺そうのというのではない。貴様と引き換えに壺をもらおうというだけのことだ。だが、彼奴《きゃつ》がどうしても壺を渡さんという時は、不憫《ふびん》ながら命をもらうかも知れぬからそう思え」
「お侍さん」
おくれ毛をキッと口尻にかみしめた櫛巻きお藤は、両手の骨の砕けるほど、高大之進に強く握られながら、艶な姿態に胴をくねらせて、ひとわたり黒頭巾を見上げ、
「この子は、今いきなりあたしのところへ飛びこんできたばかりで、いったいなんの騒ぎか、ちっとも存じませんけれど、いま壺がどうとやらおっしゃいましたね? それは、いま逃げていったつづみの与吉が、いつぞやここへ持ってきて、しばらくお預かりしたことのある壺でござんしょうが、それなら、あたしもまんざらかかり合いのないこともございません。まア、この手をお離しなすって、エイッ、離せって言うのに!」
「卑怯なまねをするなあ」
うそぶいたのは、チョビ安で
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