タリ、その場その場の風向きで、得になるほうにつくのだから、はたして誰がこの与吉の報告を買いこんで、壺の木箱がここにきていることを知り出したのか、そいつはちょっと見当がつかない。
今や、四方八方から、壺をうかがっているありさま。
まだ、このほかに、巷の豪、蒲生泰軒先生まで、これは何かしら自分一人の考えから、ああして壺をつけまわしているらしい。
年長《としかさ》らしい赭《あか》ら顔の侍が、とうとうしびれをきらして、さけびをあげました。
「親爺《おやじ》! どけイ! その押入れをさがさせろっ」
「いや、お言葉ではござりますが、手前も、引き受けてお預《あず》かりしたものを、そう安々と――」
「何をぬかす。いたい目を見ぬうちに、おとなしくわきへ寄ったがよいぞ」
「しかし、私はあくまでも、内容《なかみ》は壺ではねえと存じますので」
「まあ、よい。壺でなくて、何がはいっておる? うん? 開けて見れば、わかることだ」
「お侍様、りっぱな旦那方が、四人もおそろいになって、もし箱の中身が壺でございません時には、いったいどう遊ばすおつもりで――?」
「うむ、それはおもしろい。賭けをしようというのじゃな。さようさ、その箱に壺がはいっておらん場合には……」
と、ひとりが他の三人の顔を見ますと、三人は一時にうなずいて、
「そのときは、やむを得ん。拙者らの身分を明かすといたそう。親爺、それでどうじゃ、不服か」
「なるほど。あなた方のおみこみがはずれたら、御身分をおあかしくださるか。いや、結構でござります」
「待て、待て。そこで、もし壺がはいっておった場合には、貴様、いかがいたす」
「この白髪首を……と、申し上げたいところでござりますが、こんな首に御用はござりますまい。なんなりと――」
「よし、それなる娘を申し受けるといたそう。子供のことじゃ、連れていってどうしようとは言わぬ。屋敷にでも召し使うが、そのかわり、おやじ、生涯会われぬぞ」
「ようがす」
と、うなずいた作爺さん、さっと押入れをあけて鬱金《うこん》の風呂敷に包んだ例の茶壺の木箱をとりだし、四人の前におきました。
「さ! お開けなすって」
三
四人のうちのひとり、小膝を突いて、袖をたくしあげた。
「世話をやかせた壺だ……」
「これさえ手に入れれば、こっちの勝ちだテ」
他の三人をはじめ、作爺さんの手が、ふろしきの結び目をとく手に、集中した。
お美夜ちゃんも、隅のほうから、伸びあがって見ている。
家の中が静かになったので、長屋の連中も一人ふたり、路地をはいって来て、おっかなビックリの顔が戸口にのぞいています。
バラリ、ふろしきがほどける。現われたのは、黒ずんだ桐の木箱で、十字に真田紐《さなだひも》がかかっている。
その紐をとき、ふたをとる――中にもう一つ、布《きれ》をかぶっているその布をのぞくと、
「ヤヤッ! こ、これはなんだ……!」
四人はいっしょに、驚愕のさけびをあげた。
石だ!――手ごろの大きさの石、左膳の小屋のそばにころがっていた、河原の石なんです。
ウウム! と唸った四人、眼をこすって、その石をみつめました。
しかも。
水で洗われて円くなっている石の表面に、墨痕あざやかに、字が書いてある――。
虚々実々《きょきょじつじつ》……と、大きく読める。
下に、小さく、いずれをまことと白真弓……とあるんです。
あの丹下左膳が、チョビ安にこの壺を持たして、ここ作爺さんのもとへ預《あず》けによこした時、左膳も相当《そうとう》なもので、どこからか同じような箱と風呂敷を見つけてきて、それは橋下の自分の小屋へ置くことにしたと言いましたが、さては、かんじんのこけ猿の茶壺は、そっちの箱に入っていて、いまだに左膳の掘立て小屋にあるとみえる。
囮《おとり》につかわれたチョビ安――さてこそ、人眼につきやすい、あのおとなびた武士の扮装で、真っ昼間、壺の箱を抱えて小屋を出たわけ。
じぶんの小屋から、壺の箱らしいものが出れば、必ず、なに者かがあとをつけるに相違ないと、左膳はにらんでいた。
まさに、そのとおり……おまけに、こどものくせに、いっぱしの侍の風《ふう》をした異装だから、まるでチンドン屋みたいなもので、あの日あのチョビ安が、与吉にとって絶好の尾行の的となったのは、当然で。
それがまた、左膳のねらいどころ。
開けてくやしき玉手箱――この四人のびっくりぎょうてんも、左膳のおもわくどおりであります。
石のおもてに、左膳が左腕をふるって認めた文字……虚々実々、いずれをまことと白真弓――この揶揄《やゆ》と皮肉と、挑戦をこめた冷い字を、ジッと見つめていた四人は、いっせいに顔をあげて、
「やられたナ、見事に」
「ウム。すると、壺はまだ、例の乞食小屋に――」
「むろん、ある
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