ですから、高大之進が応対して、さようなものは存ぜぬ。柳生の藩中と称しておったとすれば、とんでもない偽者《にせもの》でござるから、かってに御処置あるよう――立派に言いきってしまった。
が、とり捨てになった死骸は、ひそかに一同が引き取って、手厚く葬ってやったんです。
そして、もうこれで壺のありかはわかったし、すでに犠牲者も出たことであるから、一日も早く、一段と力をあわせて壺を奪還せねば――と誓いを新たにして、ふるい立った。
とともに、丹下左膳という人間の腕前が、いかにものすごいか、それが知れたのですから、それはウッカリ手出しはできないと、一同策をねり、議をこらして、機会をうかがうことになる。
一方……。
壺をここへ置いたのでは、危険であると見た左膳、ああしてこの日に、さっそくチョビ安に命じて、その古巣とんがり長屋の作爺さんのもとへ、こけ猿を持たして預けにやったのです。そこで、あのチョビ安の晴れの里帰りとなったというわけ。
だが、左膳もさる者。
その、壺を持たしてやる時に、同じような箱をどこからか求めてきて、同じようなふろしき包み、こけ猿はここにあると、見せかけて、相変わらず小屋の隅に飾っておくことを忘れなかったので。
チョビ安が、とんがり長屋へ出て行ったあと。
「ひでえことをしやアがる」
ブツブツつぶやいた左膳、尻《しり》はしょりをして、小屋のそとにしゃがんで、ゆうべの斬合いで破れた筵の修繕をはじめた。
陽のカンカン照る河原……小屋はゆがみ、切られた筵は縄のようにさがって、めちゃめちゃのありさま。
左膳がぶつくさひとりごとをいいながら、せっせと筵の壁をなおしておりますと……。
ピュウーン!
どこからともなく飛んで来て、眼のまえの筵に突き刺さったものがある。
結び文をはさんだ矢……矢文《やぶみ》。
橋《はし》の上下《うえした》
一
矢……といっても、ほんとの矢ではない。こどもの玩具《おもちゃ》のような、ほそい節竹のさきをとがらし、いくつにも折った紙を二つ結びにして、はさんだもの。
そいつが、頭上をかすめて飛んで来て、つくろっている筵に、ブスッ! ちいさな音を立てて刺さったから、おどろいたのは左膳で。
「なんでえ、これあ――」
ぐいと抜きとりながらあたりを見まわすと、河原をはじめ、町へ登りになっている低い赭土《あかつち》の小みちにも、誰ひとり、人影はありません。
「矢文とは、乙《おつ》なまねをしやアがる」
口のなかで言いながら、左膳、その文を矢から取って、ひらいてみた。
躍るような、肉太の大きな筆あと――りっぱな字だ。
[#ここから2字下げ]
「こけ猿の茶壺に用なし。中に封じある図面に用あり。図面に用なし。その図面の示す柳生家初代の埋めたる黄金に用あり。われ黄金に用あるにあらず。これを窮民にわかち与えんがためなり。
すなわち、細民にほどこさんがために、いずくにか隠しある柳生の埋宝に用あり。埋宝に用あるがゆえに、その埋めある場所を記す地図に用あり。地図に用あるがゆえに、その地図を封じこめある茶壺に用あり。早々壺を渡して然るべし」
[#ここで字下げ終わり]
無記名です……こう書いてある。
じっと紙をにらんだ丹下左膳、二、三度、読みかえしました。
はじめて知った壺の秘密――左膳はそれにおどろくとともに、もう一人新たに、なに者か別の意味でこの壺をねらっている者のあらわれたことを知って……身構えするような気もち、左膳あたりを見まわした。
依然として、森閑とした秋の真昼だ。
江戸のもの音が、去った夏の夕べの蚊柱《かばしら》のように、かすかに耳にこもるきり、大川の水は、銀灰色《ぎんかいしょく》に濁って、洋々と岸を洗っています。
「この矢文で見ると、柳生の先祖がどこかに大金を埋め隠し、その個処を図面に書きのこして、茶壺のなかに封じこめてあるのだな……ウーム、はじめて読めた、チョビ安とともにあの壺を預かりしより、昼夜何人となく、さまざまな風体をいたしてこの小屋をうかがう者のあるわけが!――そうか、そうだったのか、昨夜もまた……」
左膳は、眼のまえにたれた筵に話しかけるように、大声にひとりごと。
「しかし、貧乏人にやるとかなんとか吐かしやがって、なんにするのか知れたもんじゃアねえ。貧民に施しをするなら、このおれの手でしてえものだ。こりゃアあの壺は、めったに人手にゃア渡されねえぞ」
そう左膳が、キッと自分に言い聞かせた瞬間、あたまの上の橋の袂から、
「わっはっはっは、矢を放ちてまず遠近を定む、これすなわち事の初めなり、どうだ、驚いたか」
という、とほうもない胴間声《どうまごえ》が……。
二
まず矢を放って、遠近を定む。すなわち事のはじめなり……あっけにと
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