か。なるほど、顔を見ると年寄りに相違ないが――身体は、こどもだ。まるで七つ八つの子供だ。
身長三尺……それでいて、白髪をチョコンと本多に結い、白い長い眉毛をたらし、分別くさい皺《しわ》ぶかい顔――うしろから見ると子供だが、前から見ると、このこどものからだに、大きな老人の顔がのっかっている異形な姿。
おまけに、この愚楽老人亀背なんです。
そいつが、白羽二重のちゃんちゃんこを一着におよんで、床屋の下剃り奴《やっこ》のはくような、高さ一尺もある一本歯の足駄をはいて、
「ごめん――」
太いしゃ嗄《が》れ声でいいながら、将軍さまのうしろにまわり、しごくもっともらしい顔つきで、ジャブジャブ背中を洗いはじめたから、こいつは奇観だ。
すると、八代様、思いだしたように、
「のう、愚楽、来年の日光の御造営は、誰に当てたものであろうのう」
と、きいた。
二
二十年目、二十年目に、日光東照宮の大修繕をやったものだった。
なにしろ、あの絢爛《けんらん》をきわめた美術建築が、雨ざらしになっているのだから、ちょうど二十年もたてば、保存の上からも、修理の必要があったのだろうが、それよりも、元来、徳川の威を示し、庶民を圧伏《あっぷく》するのが目的で建てられた、あの壮麗眼をうばう大祖廟《だいそびょう》だから、この二十年目ごとの修営も、葵《あおい》の風に草もなびけとばかり、費用お構いなし、必要以上に金をかけて、大々的にやったもので。
もっとも、幕府が自分でやるんではない。
諸侯の一人をお作事《さくじ》奉行に命じて、造営費いっさいを出させるんです。人の金だから、この二十年目のお修復にはじゃんじゃんつかわせた。
これにはまた、徳川としては、ほかに意味があったので――。
天下を平定して、八世を経てはいるが、外様の大大名が辺国に蟠踞《ばんきょ》している。外様とのみいわず、諸侯はみな、その地方では絶大の権力を有し、人物才幹《じんぶつさいかん》、一|癖《くせ》も二|癖《くせ》もあるのが、すくなくない。
謀叛《むほん》のこころなどはないにしても、二代三代のうちに自然に金が溜まって、それを軍資にまわすことができるとなれば、ナニ、徳川も昔はじぶんと同格……という考えを起こして、ふと、反逆心が兆《きざ》さぬでもない。
それを防ぐために、二十年目ごとに、富を擁《よう》しているらしい藩を順に指名して、この日光山大修復のことに当たらせ、そのつもった金を吐きださせようという魂胆であった。
いわば、出来ごころ防止策。
だから、この二十年目の東照宮修営を命じられると、どんな肥《ふと》った藩でも、一度でげっそり痩《や》せてしまう。
大名連中、「日光お直し」というと天下の貧乏籤《びんぼうくじ》、引き当てねばよいが……と、ビクビクものであった。
でき得べくんば、他人《よそ》さまへ――という肚《はら》を、みんなが持っている。で、二十年目が近づくと、各藩とも金を隠し、日本中の貧乏をひとりで背負ったような顔をして、わざと幕府へ借金を申し込むやら、急に、爪に火をともす倹約をはじめるやら……イヤ、その苦しいこと、財産|隠蔽《いんぺい》に大骨折りである。
ところが、江戸の政府も相当なもので、お庭番と称する将軍さまおじきじきの密偵が、絶えず諸国をまわっていて、ふだんの生活ぶりや、庶民の風評を土台に、ちゃんと大名たちの財産しらべができているのだ。ごまかそうたって、だめ……。
このお庭番の総帥が、これなるお風呂番、愚楽老人なのでございます。
来年は、その二十年めに当たる。
「今度は、誰に下命したものであろうの」
「さようですな。伊賀の柳生対馬あたりに――」
と、愚楽老人、将軍さまのお肩へ、せっせと湯をかけながら、答えました。
三
八代さまの世に、日光修繕の模様はどうかというと、御番所日記、有徳院御実記《うとくいんごじっき》などによれば……
小さな修営は、享保《きょうほう》十五年、この時の御修復検分としましては、お作事奉行《さくじぶぎょう》小菅因幡守《こすげいなばのかみ》、お大工頭《だいくがしら》近藤郷左衛門《こんどうきょうざえもん》、大棟梁《だいとうりょう》平内《ひらうち》七|郎右衛門《ろうえもん》、寛保三年、同四年、奉行《ぶぎょう》曾我日向守《そがひゅうがのかみ》、お畳奉行《たたみぶぎょう》別所播磨守《べっしょはりまのかみ》、くだって延享《えんきょう》元年――と、なかなかやかましいものであります。
が、これらは、中途の小手入れ。
例の二十年目の大げさなやつは、先代|有章院《ゆうしょういん》七代|家継公《いえつぐこう》のときから数えて二十年めにあたる享保十六年|辛亥《かのとい》……この時の造営奉行、柳生対馬守とチャンと出ている。
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