どこの時、坂下から群衆を蹴散らしてあがってくる、※[#「口+戛」、第3水準1−15−17]々《かつかつ》たる騎馬の音……!
二
それも、一頭や二頭じゃない。
十五、六頭……どこで揃えたか、伊賀の暴れン坊の一行、騎馬で乗りこんで来た。
源三郎の白馬を先頭に、安積玄心斎、谷大八、脇本門之丞、その他、おもだった連中が馬で、あとの者は徒歩《かち》です。
ものすごいお婿さまの一行――大蛇のように群衆の中をうねって、妻恋坂の下から、押しあげてきました。
「寄れっ! 寄れっ!」
と、玄心斎の汗ばんだ叱咤が、騒然たる人声をつんざいて聞こえる。
「お馬さきをあけろっ!」
「ええイッ、道をあけぬかっ」
「ひづめにかけて通るぞ」
口々に叫んで、馬を進めようとしても、何しろ、通りいっぱいの人だから、馬はまるで人間の泥濘《ぬかるみ》へ嵌《は》まりこんだようなもので、馬腹《はら》を蹴ろうが、鞭をくれようが、いっかなはかどりません。
わがまま者の源三郎、火のごとくいらだって、
「こここれ! 途《みち》をひらけっ。けけ、蹴散らすぞっ……」
鏡のような、静かな顔に、蒼白い笑みをうかべた伊賀のあばれン坊、裃《かみしも》の肩を片ほうはずして、握り太の鞭を、群衆の頭上にふるう。
乱暴至極――。
ちょうど撒銭のたけなわなところで。
熱湯の沸騰するように、人々の興奮が頂点に達した時だから、たちまちにして、輪に輪をかけた混乱におちいった。
馬列の通路にあたった人々こそ、えらい災難……。
空《くう》に躍る銭をつかもうと夢中の背中へ、あらい鼻息とともに、ぬうっと、長い馬の顔があらわれて、あたまのうえで、ピューッ! ピュッと鞭がうなり、
「ム、虫けらどもっ! 踏みつぶして通るぞっ!」
というどなり声だ。柳生源三郎、街の人など、それこそ、蚤か蚊ぐらいにしか思っていないんで。
いまだ自分の意思を妨げられたことのない彼です。思うことで実現できないことが、この地上に存在しようなどとは、考えたこともない。
癇癖《かんぺき》をつのらせて、しゃにむに、馬をすすめ、
「ヨヨ、余の顔を知らぬか。ば、馬足にかかりたいか、ソソそれとも、柳生の斬っさきにかかりたいか、のかぬと、ぶった斬るぞっ!」
どっちにしたって、あんまり望ましくないから、群衆は命がけで犇《ひし》めきあい、必死に左右に押しひらいて、
「いくらお武家でも、無茶な人もあったものだ」
非難の声と同時に、馬の腹の下から助けを呼ぶ人……鞭をくらって泣き叫ぶおんな子供――阿修羅《あしゅら》のような中を、馬はさながら急流をさかのぼるごとく、たてがみを振り立て、ふり立て、やっと司馬道場の門前へ――。
群衆に馬を乗り入れる一行は、なんというひどいことをする奴! と、櫓の上から、あきれて見守っていた峰丹波、先なる白馬の人に気がつくと、銭を撒く手がシーンと宙で凍ってしまった。
三
阿鼻叫喚《あびきょうかん》をどこ吹く風と聞き流して、群衆を馬蹄にかけ、やっと門前までのし[#「のし」に傍点]あがってきた源三郎の一行――。
見ると。
忌中の札が出ていて、邸内もただならないようすに、源三郎は馬上に腰を浮かして、やぐらのうえの丹波を見あげ、
「司馬道場の仁と見て、おたずね申す」
前に植木屋として入りこんでいたのは、知らぬ顔だ。
はじめて顔を合わせるものとして、源三郎、正式に名乗りをあげた。
「柳生源三郎、ただいま国おもてより到着いたしたるに、お屋敷の内外《ないがい》、こ、この騒ぎはなにごとでござる」
丹波も、さる者。
櫓の上から、しずかに一礼して、答えました。
「柳生? ハテ、当家と柳生殿とは、なんの関係もないはず。通りすがりのお方と、お見受け申す。御通行のおじゃまをして、恐縮千万なれど、ちと不幸ばしござって、今日は、当道場の例として、諸人《しょにん》に銭をまきおりまする。それがため、この群衆……なにとぞかってながら、他の道すじをお通りあるよう、願いまする」
そして、源三郎を無視し、けろりとした顔で、最後の三宝をとりあげ、
「これが打ち止めの一撒き――!」
と叫んで、その三宝ごと、パッと、わざと源三郎をめがけて、投げつけました。
三宝は、安積玄心斎が鞘ごと抜いて横に払った一刀で、見事にわれ散った。白いお捻りが雪のように乱れ飛ぶ。
丹波は悠々とやぐらを下りて、さっさと門内へ消えた。不知火銭は終わったが、おさまらないのは、うまくはずされた源三郎と、源三郎に踏みにじられた群衆とで。
「ヤイヤイ、江戸あ大原っぱじゃアねえんだ。馬場とまちがえちゃア困るぜ」
「柳生の一家だとヨ。道理で、箱根からこっちじゃアあんまり見かけねえ面《つら》が揃ってらあ」
半分逃げ腰で、遠くから罵声を浴び
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