チョビ安、どこ吹く風と、
「小父ちゃん、あきらめて帰《けえ》んな、けえんな」
「買うがどうだ!」
与吉は必死の面持ち、ぽんと上から胴巻をたたき、
「一両! 二両! その古ぼけた壺を二両で買おうてんだ、オイ! うぬが物をうぬが銭《ぜに》出して買おうなんて、こんなべらぼうな話アねえが、一すじ縄でいく餓鬼じゃアねえと見た。二両!」
「じゃ、清く手を打つ……と言いてえところだが」
とチョビ安、大人のような口をきいて、そっくり返り、
「まあ、ごめんこうむりやしょう。千両箱を万と積んでも、あたいは、この壺を手放す気はねえんだよ、小父ちゃん」
三
その時まで黙っていた丹下左膳、きっと左眼を光らせて二人を見くらべながら、
「ようし。おもしれえ。大岡越前じゃアねえが」
と苦笑して、
「おれが一つ裁《さば》いてやろうか」
「小父ちゃん、そうしておくれよ」
「殿様、あっしから願いやす。その御眼力をもちまして、どっちがうそをついてるか、見やぶっていただきやしょう。こんないけずうずうしい餓鬼ア、見たことも聞いたこともねえ」
「こっちで言うこったい」
「まア、待て」
と左膳、青くなっている与吉から、チョビ安へ眼を移して、にっこりし、
「小僧、汝《われ》ア置き引きを働くのか」
置き引きというのは、置いてある荷をさらって逃げることだ。
これを聞くと、与吉は、膝を打って乗りだした。
「サ! どうだ。ただいまの御一言、ピタリ適中じゃアねえか。ところてん小僧の突き出し野郎め! さあ壺をこっちに、渡した、わたした!」
チョビ安は、しょげ返ったようすで、
「しょうがねえなあ。乞食のお侍さん、どうしてそれがわかるの?」
「なんでもいいや。早く其壺《そいつ》を出さねえか」
と、腕を伸ばして、ひったくりにかかる与吉の手を、左膳は、手のない右の袖で、フワリと払った。
「だが、待った! 品物は与吉のものに相違あるめえが、返《けえ》すにゃおよばねえぞ小僧」
「へ? タタ丹下の殿様、そ、そんなわからねえ――」
「なんでもよい。壺はあらためて左膳より、この小僧に取らせることにする」
よろこんだのは、チョビ安で、
「ざまア見やがれ! やっぱりおいらのもんじゃアねえか。さらわれる小父ちゃんのほうが、頓馬《とんま》だよねえ、乞食のお侍さん」
「先生、旦那、いやサ、丹下様」
と与吉は、持ち
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